(1) 原文
Quod perierit lex interna, cum promulgata Lex a Sione{a}
3253. Insinuatum, et idea spirituali perspectum, quod veteres seu filii antiquae ecclesiae noverint sicut sibi inscriptam legem, nempe ut primum instructi a parentibus, quod dein a Domino ducti perceperint, quod lex dictat, et plura, quae dein promulgata sunt, quia homo talis tunc fuit; at postea illud ita obliteratum esse, ut si vel instructi millies, non usque percipere potuerint, quod illud verum et bonum, sed abstinuerint propter poenas et per externa vincula, sic ut ab externis cogeretur, cum internus homo repugnaret et contrarius esset; quare lex sic interna obliterata est tempore cum lex promulgata erat e Sionea. 1748, 22 Sept. Qualis lex penes hominem externum, repugnante interno, perceptum quoque, quod sicut nihil internum.
@a h.e. Sinai (vide A. Acton, The Word Explained, Vol. I, p. 222, annotationem 9) すなわち、シナイ
アルフレッド・アクトン博士の『みことばの講解』(後述)第1巻228ページ(222はミスプリ)の脚注の9には次のようにあります――
… We may note that Swedenborg more than once writes Zion for Sinai (see Schmidius’ Marginalia pp. 387, 395); perhaps to intimate that Sinai was as Mount Zion to the Israelites before they entered the Land; or, it may be by error. …
(スヴェーデンボリはシナイの代わりにシオンと一度ならず書いていることに注意するとよい。おそらく、シオンの山として暗示されるものが、約束の地に入る前のイスラエル民族にとってシナイ山であった〔からである〕。または、間違いかもしれない。)
(2) 直訳
Quod perierit lex interna, cum promulgata Lex a Sione{a} 内なる律法は滅んだこと、シオン☆から律法が布告されたとき
☆「シナイ山」のつもりでしょう。
3253. Insinuatum, et idea spirituali perspectum, 暗示された、また霊的な観念で認知された、
quod veteres seu filii antiquae ecclesiae noverint sicut sibi inscriptam legem, 古代人、すなわち、古代教会の子孫(息子たち)は、律法を自分自身に刻み込まれたもののように知ったこと、
nempe ut primum instructi a parentibus, quod dein a Domino ducti perceperint, quod lex dictat, et plura, quae dein promulgata sunt, すなわち、両親から教えられるとすぐに、それらをその後、主により導かれて、知覚した、律法が命じたこと、また多くのもの、それらはその後、布告された、
quia homo talis tunc fuit; 人間は、その時、このような者であったからである。
at postea illud ita obliteratum esse, ut si vel instructi millies, non usque percipere potuerint, quod illud verum et bonum, しかし、その後、それがそのように消し去られていること、たとえあるいは千回教えられても、それでも知覚することができないように、それが真理と善〔であった〕こと、
sed abstinuerint propter poenas et per externa vincula, sic ut ab externis cogeretur, cum internus homo repugnaret et contrarius esset; しかし、控えさせられた(やめさせられた)、罰のために、また外なる束縛(抑制)によって、そのように外なるものにより強制された、内なる人間が抵抗する(反感を抱く)、また対立した(反対の性質)であったとき。
quare lex sic interna obliterata est tempore cum lex promulgata erat e Sionea. それゆえ、内なる律法はこのように時が経つにつれて消し去られた、律法がシオン☆から布告されたとき。
1748, 22 Sept. 1748年9月22日。
Qualis lex penes hominem externum, repugnante interno, perceptum quoque, quod sicut nihil internum. 外なる人間の面前で、律法がどんなものか、内なる〔人間に〕反感を抱いて、〔私〕もまた知覚した、内なるものが何もないよう〔なもの〕であること。
(3) 訳文
シオン☆から律法が布告されたとき、内なる律法は滅んだこと、
3253. 古代人、すなわち、古代教会の子孫が、律法を自分自身に刻み込まれたもののように知ったことが暗示され、霊的な観念で認められた。すなわち、両親から教えられるとすぐに、それらをその後、主により導かれて、律法が命じたもの、その後、布告された多くのものを知覚したことである。人間は、その時、このような者であったからである。
しかし、その後、それが、たとえあるいは千回教えられても、それでも、それが真理と善〔であった〕ことを知覚することができないように消し去られ、しかし、罰のために、また外なる束縛によって控えさせられた、そのように、内なる人間が反感を抱き、対の性質)であったとき、外なるものにより強制された。それゆえ、律法がシオン☆から布告されたとき、内なる律法はこのように時が経つにつれて消し去られた。1748年9月22日。内なるものに反感を抱いている外なる人間に、律法がどんなものか〔私〕もまた知覚した――内なるものが何もないようなものである。
☆「シナイ山」のつもりでしょう。
◎『みことばの講解(The Word Explained)』について
A. アクトン博士は1927~51年(24年間!)に、新教会アカデミーから、序論の巻と索引の巻を含めた全10巻を出版した(大学者!と思う)。私は1991年6月、ブリン・アシンを訪れた際、ジェネラルチャーチの大聖堂のそばにある「ブックセンター」の書架で見つけ、即、購入した(といっても、その場ではなく、船便で、これは8月末に届いた、船便は約2か月かかる)。その時の係りの人が真顔で「(全部で)25ドルです、これは著者の好意によるものです」と言った。お礼は言い忘れたが驚いた。およそ3000円でしょう、この10倍の値段でもおかしくない(おそらく、これが最後の売れ残りだったかもしれない。その後、ずっと後、ロンドンのスヴェーデンボリ協会から『黙示録講解』のラテン原典を購入したことがあるが、これもその後、絶版となった。私が最後の購入者か? なので、後から必要となるかもしれない本は買っておくに限る、手に入らなくなる。このラテン原典『霊界体験記』も1983年に200部(!)出版された。おそらく今では絶版であろう)。
なおアクトン博士の子孫アクトン二世は東京に来たことがある、その時、私は車で同夫妻を箱根から御殿場経由で富士吉田の浅間神社を案内し、私の家で休憩してもらったことがある(楽しい思い出である)。
話しは変わって、柳瀬は同書を翻訳し終えている。本人から「訳したけれど、出版する価値はないのでやめた」と言っているのを聞いたことがある。その後、ある機会に、原稿用紙に書かれた莫大の量の訳文を見た(一時は後継者が出版を意図したようだった)。もし出版していたなら『黙示録講解』と同程度の分量となっていただろう。ブルトーザーのような柳瀬の翻訳(すなわち、同氏の『霊界日記』見られるような「……」の部分である、これは数日間じっくり考えれば訳出できたのではなかろうかと思う)の働きを「すごいなあ」と驚き、やはり(その熱意に)「敬意」を覚える。