原典講読「天界と地獄」:途中の雑談

 ずっと勉強ばかりの無味乾燥(?)な講座を続けている。このあたりで「雑談」しよう。教員時代も最後のころ、私の授業は大半雑談だった。意識的にそうしていた部分もあった。もう脱線が始まりそうだ。最初に読者に感謝申し上げる。このブログの8月のアクセス数総計が7640、一日平均250以上であった。その中で掲載されると直ぐさま読んでいただいている(熱心な読者が)ほぼ70人ほどいるようである。毎日、読んでくださるその熱意に応えなければならない。励みになっている。
 翻訳・購読を始めて2ヶ月ちょっとたった。ここでほぼ4分の1以上終えた。すると2.5×4=10なので、この「ペース」なら、最初の予想通り10ヶ月ほどで終了できそうだ。
 ペースが出てきたのでこれを少し話題としよう(このように脱線していく)。読者諸氏はどのくらいのペースで本を読むのだろうか。私の例では、柳瀬訳「天界と地獄」に初めて出会ったのが、83年9月27日(36歳、本の奥付部分に購入日を記入しておくと、何かと都合よい、もう一つは読了日)。この月末で25年になる。25年後にこのように原典からじっくり読み直すことになろうとは夢想だにしなかった。
 その一回目の読了は他のスヴェーデンボリの本を先に読み始めたのでほぼ1年後の84年9月3日。そのときは読み始めて半月ぐらいかかったと思う。2回目に読んだのは長島訳であり、これは英訳書とともに91年9月2日~10月12日に読んで、40日間かかっている。ペースとしてはこんなものか? またこのように9月は「天界と地獄」との因縁がやや深い。
 長島訳の奔放な訳文に驚くとともに、「ほんとうにこういうことが原文に書いているのかな」との疑問がわき、そうした個所に「原典はどうか?」などのコメントを付しながら読んだ(身近な例では176番の「横木に組み合わされた(アーチ状の門)」がどのようなものか想像つかなくて、「原語が問題」とコメントしている、今は「横枝」と解釈している)。
 ラテン原典入手はこの1年半後の93年4月3日(45歳)だった。
 それから月日は流れ、前述のように今、原典からじっくり読んでいる。読者諸氏にとっては「講読」であろうが、私にとっては本書3回目の「熟読」となる。以前「遅読について」をこのブログで語った。その遅読の一方法が翻訳である。
 読者諸氏にとっても、一冊の本を10ヶ月(の予定)かけて、毎日ちびちびと、ネット上で読むのは早々できない経験であり、一興かもしれない。

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