また連載が途切れてしまった、「秩父夜祭」で

 12月3日に掲載予定が30分ほど翌日にずれ込んでしまった。たとえ30分でも日課として毎日の連載が途切れてしまったのは残念。すこしばかりいきさつを語ろう、雑談好きなので。
 312番の分量が多いのはわかっていた。それで朝から取り組み、正午までに一つのセンテンスを除いて「直訳」の部分を終えていた。残りはその一文と「訳文」であり、集中すれば1時間ぐらいで終えると見込んでいた。正午からはこれも日課の「水泳」。水泳についてはいずれ語ることがあるだろう。
 水泳2時に終え、かの有名な「秩父夜祭」へ2:30に出発。西武線沿線に住んでいるし、比較的近く行なわれる有名な祭りであり、いつか見物したいと願っていたのだった(昔、秩父には「札所参り」に出かけたし、いろいろ行楽にも出かけ、最近では柴桜を見に「羊山公園」にも行っている)。
 1時間40分ほどで到着、ごった返していた、露店もすごく多い。人ごみを掻き分けながら(人が少なければ迷わない道にも迷いながら)、やっと「秩父神社」に到着、彫刻の立派な由緒ある神社である。
 さて、神社前の参道「番場町通り」をぶらぶら歩いていたら、ある一角で古い建物「小池煙草店」が目についた、「あっ、何だ、あの建物は!」てな感じ。その四つ角には(1)小池煙草店(昭和初期)、これは建物だけで営業してないようだ(2)旧大月旅館別館(大正15年)これはバーになっている(3)安田屋(昭和5年ごろ)創業大正5年の立派看板がかかっていて、いのししの肉を売っている有名な店、その日もいのししが軒先から吊り下げられていた(4)カフェー・パリー(昭和2年)後述、の四つの国指定の「登録有形文化財」が集中していた。
 およそパリらしくない建物が「パリー」、食堂となっている。入ってみようか、てんで入ったら、中も古い! その古さは一言で言えない、なにもかもがまるで演出かのように古い。「三丁目の夕日」をご存知だろうか、一気にその世界にタイムスリップであった。メニューなんてないも同然。ま、ラーメンしかないね、で、ラーメンを注文、出されたラーメンが昔の「東京ラーメン」、今ではなかなかお目にかかれない、懐かしい味だったが、ややまずい、そのまずさを越える「味」があった。
 食べ終わって、二階も見せてもらった、昔、旅館でもあったとのこと、そのままの形で残っていた。こんな古い建物が記念物としてでなくて、実際にその中で暮らし、店として現役として、「生き残って」、「残されて」いることにやや感動。秩父の今までにない一面を見て好きになった。
 さて、山車と花火を見て、もう少しゆっくりしたかったが(前記の「掲載」があるので)8時過ぎに秩父発、10時半に家に到着。一息入れて、当日掲載分に取り掛かった。
 ところが最後に残した一文章に意外とてこずり、また、「訳文」もそうとう手早くまとめたつもりでも分量が多く、ごらんのとおり、30分ほど超過。ま、「見通しが甘かった」というところですね。
 なお、「秩父夜祭」は必見です。また、行きます。

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