(3) 訳文
612(第1節)「私は見た、また、見よ、小羊が、またその方とともに百四十四・千〔人〕がシオンの山の上に立っている」は、今や、主を天地の神として認め、主からみことばを通して教えの真理の中にいたキリスト教徒からの新しい天界の中の主を意味する
「私は見た」によって、これらと、この章の中に続くものが意味される。「小羊」によって、神的人間性に関する主が意味される(269, 271番)。「シオンの山」によって、天界が、そこの主への愛の中にいる者が意味され、それについて続けられる。「百四十四・千〔人〕」によって、主おひとりを天地の神として認め、主からみことばを通して愛の善からの教えの真理の中にいるすべての者が意味される(348番以降)。
これらの者について第7章に扱われている。しかし、そこの「彼らは額の上にしるしがあった」、そのように、他の者から区別された、また分離した〔者であった〕。今や、ここに、一つの中に集められたこと、また彼らから天界が〔つくられた〕こと〔が扱われている〕。
[2] ここに扱われている天界は、世で主の時からキリスト教徒から、またここから、主おひとりに近づき、みことばの中のその方の戒めにしたがって、悪を神に対する罪として避けて生きた者から集められた天界である――この天界は新しい天界であり、それから聖なるエルサレムが、すなわち、新しい教会が地に降る(黙示録22:1, 2)。
けれども、主の来臨前の天界は、その上にあり、古代の教会と呼ばれる。それらの中でもまた、すべての者は主おひとりを天地の神として認めている――これらの天界はこの新しい天界と流入によって伝達している。
[3]「カナンの地」によって、教会が意味されることはよく知られている、そこにみことばがあり、それによって主が知られたからである。なおまた、その真ん中にシオンの都が、またその下にエルサレムの都が、両方とも山の上に〔あった〕。ここから「シオン」と「エルサレム」によって、教会の最内部のものが意味された。また、天界の中の教会は地の中の教会と一つのものとなっているので、それゆえ、「シオン」と「エルサレム」によって、どちらの場所にも教会が、しかし、「シオン」によって、愛に関する教会が、また「エルサレム」によって、ここからの教えに関する教会が意味される。
「シオンの山」と言われる、「山」によって愛が意味されるからである(336番)。
[4] 「シオンの山」によって、そこに主おひとりが礼拝される天界と教会が意味されることは、続く箇所から明らかにすることができる――
「わたしは、わたしの王に油を注いだ。わたしは法令について知らせる、あなたはわたしの息子、わたしは今日、あなたを産んだ。わたしは国民にあなたに相続を与える。息子に口づけせよ、怒られない、あなたがたが滅びないように。その方に信頼するすべての者は幸いだ」(詩篇2:6-8, 12)。
「高い山の上に上れ。シオン、良い知らせを告げる女よ。言え、見よ、主エホビは力の中にやって来る」(イザヤ40:9, 10)。
「大いに小躍りして喜べ、シオンの娘よ。見よ、あなた王が、公正な方、救い主があなたにやって来る」(ゼカリヤ9:9、マタイ21:2, 4, 5、ヨハネ12:14, 15)。
「叫べ、歓呼せよ、シオンの居住者よ、あなたの真ん中で、イスラエルの聖なる者は大いなる者であるからである」(イザヤ12:6)。
「エホバにあがなわれた者は歌とともにシオンに帰る」(イザヤ35:10)。
「歓呼せよ、また喜べ、シオンの娘よ。見よ、わたしは、あなたの真ん中に住むためにやって来ている」(ゼカリヤ2:10, 11)。
「だれがシオンの中にイスラエルの救いを与えるのか?」(詩篇14:7、詩篇53:6)。
「主エホビはシオンの中に試みの石を据えられる、またその時、あなたがたの死との契約は破棄されるであろう」(イザヤ28:16-18)。
「わたしの救いは延ばされない、わたしはシオンに救いを与える」(イザヤ46:13)。
「その時、シオンにあがない主がやって来る」(イザヤ50:20)。
「万軍のエホバはシオンの山の中で支配される」(イザヤ24:23)。
「エホバは、ヤコブのすべての住まいよりもシオンの門を愛する。あなたの中で光輝が語られる、神の都よ。この者はそこに生まれた。わたしのすべての泉はあなたの中に〔ある〕」(詩篇87:2, 3, 6, 7)。
「エホバはシオンを選び、その場所の中に〔いることを〕自分自身に望まれた。これは永遠にわたしの休息、そこにわたしは住む」(詩篇132:13, 14)。
「シオンの息子たちは自分の王にあって小躍りして喜ぶ」(詩篇149:2)。
「エホバよ、立ち上がり、シオンを哀れんでください――定められた時がやって来る。王国がエホバに仕えるために民が一緒に集められる時、シオンの中でエホバの名前が知らされる」(詩篇102:13-16, 21, 22)。
「シオンから、神は輝き出る、私たちの神がやって来る。上の天に、また地に叫ぶ、わたしにわたしの聖徒たちを集めよ」(詩篇50:2-5)。
(さらに他の箇所に、例えば、イザヤ1:27、4:2, 25、31:4, 9、33:5, 20、37:22、52:1、64:10、エレミヤ7:2、哀歌4:2、アモス1:2、ミカ2:10, 12、第4:1-3, 7, 8、ゼパニヤ3:14, 16、ヨエル3:16, 17, 21、ゼカリヤ8:3、詩篇20:2、詩篇48:2, 3, 11-14、詩篇76:2、詩篇78:68、詩篇110:1, 2、詩篇149:2, 4、詩篇125:1、詩篇126:1、詩篇128:5, 6、詩篇134:3、詩篇135:21、詩篇146:10)。
多くの箇所の中で「シオンの処女と娘」と言われ、それによってそこに何らかの処女または娘が意味されない、しかし、善と真の情愛に関する教会が、小羊の花嫁」によって同様のものが意味される(黙示録21:2, 9、22:17)。「シオンの処女と娘」は、これらの箇所の中で主の教会を〔意味する〕――イザヤ1:8、3:16-26、4:4、10:32、16:1、37:22、52:2、57:11、エレミヤ4:31、6:2, 23、哀歌1:6、2:2:1, 4, 8, 13, 18、4:22、ミカ1:13、4:8, 10, 13、ゼパニヤ3:14、ゼカリヤ2:10、9:9、詩篇9:14。また他の箇所に。