このところ『天界と地獄』の翻訳量の少ないわけ

 私は61歳の(早くも)年金生活者である。この年齢だとまだ働いている人もいるだろうが、私は働く気がない。教員生活は60歳の定年退職までで私なりに「やるだけのことはやった」と思っているので、これ以上どこかで教える気になれない。「では心機一転、何か他の仕事は?」となるところだが、「翻訳」をしているので、そしてこれが性(しょう)に合っているので、このまま翻訳が続けられれば、他に何かしようとは思わない。当然、経済的には苦しい、しかし、本来の意味とは異なるが「武士は食わねど高楊枝」である。多少、金銭的余裕はなくても、やりたいことをやって過ごすのが私流の「老後の過ごし方」だと思う。
 一見、表題と無関係な話題となっているようだが、関係ある。女房から「働かないでもよい」と許しを得たが、それでも「月3万円を家に入れてね」と言われてしまった。上の三人の息子たちは社会人となったが(内二人は結婚して家を出ている)、まだ学費のかかる末娘がいる。居候の身分としては部屋代を大家(女房)に入れなくてはならない。年金は最初から女房のもの、退職金すら将来のために女房に押さえられている、私には一銭の蓄えもない。丸裸の無職の人間がどうやって「下宿代」を払えばよいのだろうか?
 ちょっとした「小遣い稼ぎ」をしているんです。その小遣いで下宿代や酒代(飲み代は全部自分持ち、安酒しか飲めません)を工面し、後述するが「京都」へ行ったりしている(するとそうとう稼いでいるように思われるかもしれなきが、たいしたことはない、月に均せば6,7万円であろうか)。
 その自宅でできる小遣い稼ぎがこのところ集中し(秋が一番忙しくなります、見当つきますか?)、時間に追われ、あまり翻訳できない結果となっている。でも来週あたりから復活する。

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