原典講読『啓示された黙示録』 黙示録第1章(各節の内容の訳文)

(3) 訳文

1. 「イエス・キリストの啓示」は、主についてそしてその方の教会について、これがその終わりの中でどのようになるか、またその後、どのようになっていくか、その方による預言を意味する(2番)。「それを神は自分のしもべに与えた」は、仁愛からの信仰の中にいる者のために、を意味する(3番)。「すぐに起こるべきことを書き取らせる」は、教会が滅びないように、確かに存在するようになることを意味する(4番)。「また、ご自分の天使によってご自分のしもべヨハネに送ることを意味した」は、主から天界を通して仁愛とその信仰から善の生活の中にいる者に啓示されたものを意味する(5番)。

2. 「その者〔ヨハネ〕は、神のみことばを、またイエス・キリストの証しを、証しした」は、心からまたこうして光の中で、みことばからの神的真理を受け入れ、主の人間性が神的なものであることを認める者を意味する(6番)。「見たどんなものでも」は、この啓示の中にあるすべてのものの中で彼らが照らされることを意味する(7番)。

3. 「読む者は、また預言のことば聞く者とその中に書かれたそれを守る者は幸いである」は、天界の天使と新しいエルサレムの教えにしたがって生きる者の交際を意味する(8番)。「時は近いからである」は、教会が、さらに長い間、主とその結合があるように存続することができないような状態であることを意味する(9番)。

4. 「ヨハネ〔から〕七つの教会〔へ〕」は、キリスト教界の中にいて、そこにみことばとそれによって主が知られ、教会へ近づくすべての者へ、を意味する(10番)。「アジアの中に〔ある〕」は、みことばからの〝真理〟の光の中にいる者へ、を意味する(11番)。「恩恵と平和があなたがたに」は、神的な挨拶を意味する(12番)。「その方から〔あるように〕、「その者はいる」また「その者はいた」また「その者はやって来る」」は、主からを意味し、その方は「永遠なる者」と「無限なる者」であり、エホバである(13番)。「その方の王座の視野の中にいる七つの霊から」は、そこに主はご自分の神的真理の中にいる全天界からを意味する(14番)。

5. 「イエス・キリストから」は、神的人間性を意味する(15番)。「その方は忠実な証人」は、神的真理そのものであることを意味する(16番)。「死から〔最初に〕生まれた者」は、神的善そのものであることを意味する(17番)。「その方は地の王のたちの君主」は、教会の中の善からのすべての真理はその方からであることを意味する(18番)。「私たちを愛し、私たちをその方の血の中で私たちの罪から洗う」は、みことばからのご自分の神的真理によって、愛と慈悲から人間を改心させ、再生させる者を意味する(19番)。

6. 「〔その方は〕私たちを王国にする」は、その方から生まれて、すなわち、再生させられて、神的真理からの知恵の中に、また神的善からの愛の中にいる者のために与える者(方)を意味する(20番)。「神とその父の祭司〔にする〕」は、このようにご自分の神的知恵とご自分の神的愛の映像にすることを意味する(21番)。「その方の栄光と力が代々代に〔ありますように〕」は、その方にだけ永遠に神的威厳と神的全能がある、を意味する(22番)。「アーメン」は、〝真理〟から、そのようにご自分そのものからの神的な確証を意味する(23番)。

7. 天の雲とともにやって来る」は、主はご自分をみことばの文字どおりの意味の中で啓示され、教会の終わりの中でその霊的な意味を開くことを意味する(24番)。「すべての目がその方を見る」は、情愛から神的真理を理解するすべての者が認めるであろうことを意味する(25番)。「その方を突き刺した者」は、さらにまた教会の中で虚偽の中にいる者が見るであろうことを意味する(26番)。「地のすべての種族はその方を嘆き叫ぶ」は、教会の中に善と真理がもはや何もない時にこのことがであろうことを意味する(27番)。「そのとおり(しかり)、アーメン」は、そのようになるであろうことの神的な確証を意味する(28番)。

8. 「わたしはアルファとオメガ、始まりと終わりである」は、その者はその方であり、最初のものから最後のものまた唯一の者であり、その方からすべてのものがあることを意味する。そのように、その者はご自分の中の唯一の愛そのもの、唯一の知恵そのもの、唯一のいのちそのものであり、このようにご自分からの唯一の創造者、救い主と照らす者そのもの、またここから天界と教会のすべてのものの中のすべてのものである(29番)。「「いる」、「いた」、「やって来る」方、主が言われる」は、永遠と無限である者を、そしてエホバを意味する(30番)。「「全能」〔であられる〕方」は、生き、自分自身そのものから〔何でも〕でき、またその者は最初のものから最後のものによってすべてのものを支配するである、を意味する(31番)。

9. 「あなたがたの兄弟と仲間である私ヨハネ」は、仁愛の善とここから信仰の真理の中にいる者を意味する(32番)。「苦難と王国とイエス・キリストを期待する忍耐の中で」は、それら〔仁愛の善と信仰の真理〕は教会の中で悪と虚偽により攻撃された、しかしそれら(悪と虚偽)は主により、〔主が〕やって来るとき、取り除かれる、を意味する(33番)。「パトモスと呼ばれる島にいた」は、その中で照らされることができる状態と場所を意味する(34番)。「主のことば、またイエス・キリストの証しのために」は、心からまたこうして光の中で、みことばからの神的真理が受け入れ、主の人間性が神的なものであることが認められるために、を意味する(35番)。

10. 「私は主の日に霊の中にいた」は、その時の神的流入からの霊的な状態を意味する(36番)。「私の後ろにあたかもらっぱのような大きな声を聞いた」は、天界から啓示された神的真理の明瞭な知覚を意味する(37番)。

11. 「〔その声は〕言っている、わたしはアルファとオメガ、最初と最後である」は、その者はその方であり、また最初のものから最後のものまで唯一の者を意味する、その方からすべてのものが、また前のような多くのもの〔第8節〕がある(38番)。「あなたが見るものを書物に書け」は、子孫に啓示されるために、を意味する(39番)。「アジアの中の教会へ送れ」は、みことばからの〝真理〟の光の中にいるキリスト教界の中の者のために、を意味する(40番)。「エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、フィラデルフィア、ラオデキヤ」は、特定的に、それぞれの者の受け入れの状態にしたがって、を意味する(41番)。

12. 「また、私と話している声を見ることへ向きを変えた」は、生活の善の中にいる者が、みことばからの真理の知覚に関して、自分自身を主へ向ける時の彼らの逆転の状態を意味する(42番)。「向きを変えて、私は七つの金の燭台を見た」は、主により、みことばからの照らしの中にある新しい教会を意味する(43番)。

13. 「また、七つの燭台の真ん中に、人の子に似た方を〔見た〕」は、みことばに関する主を意味し、その方からその教会がある(44番)。「(足までたれた)衣を着て」は、発出する神性を意味し、それは神的真理である(45番)。「胸に金の帯を締めた」は、発出し、同時に結合する神性を意味し、それは神善である(46番)。

14. 「その方の頭ち髪の毛は、あたかも白光りする羊毛のように、あたかも雪のように白く輝き」は、最初のものと最後のものの中の神的知恵の神的愛を意味する(47番)。「その方の目はあたかも火の炎のよう〔である〕」は、神的愛の神的知恵を意味する(48番)。

15. 「その方の足はあたかも燃えている炉の中の真ちゅうに似て〔いた〕」は、自然的な神的善を意味する(49番)。「その方の声は多くの水のよう〔であった〕」は、自然的な神的真理を意味する(50番)。

16. 「ご自分の右手の中に七つの星を持っている」は、その方からのみことばの中の善と真理のすべての認識を意味する(51番)。「その方の口からは鋭い両刃の剣が出ている」は、主により、みことばによって、またここからの教えによって、虚偽を追い散らすことを意味する(52番)。「その方の顔はあたかも強く輝く太陽のよう〔である〕」は、神的愛と神的知恵を意味する、それらはその方であり、その方から発出する(53番)。

17. 「私がその方を見たとき、あたかも死んだ者のように、その方の足に倒れた」は、そのような主の現在からプロプリウムのいのちが欠けたことを意味する(54番)。「私の上にその方の右手を置いた」は、その時に吹き込まれたその方からのいのちを意味する(55番)。「恐れるな、と私に言って」は、生き返りを、またその時、最高度の卑下からの崇拝を意味する(56番)。「わたしは最初と最後である」は、「永遠なる者」そして「無限なる者」、そのように唯一の神であることを意味する(57番)。

18. 「わたしは「生きている者」である」は、その方だけがいのちであり、その方だけからいのちがある、を意味する(58番)。「死んだ者」は、教会の中で無視され、その方の神的人間性が認めれらなかったことを意味する(59番)。「見よ、代々に生きている者である」は、永遠のいのちであることを意味する(60番)。

アーメン」は、〝真理〟であることの神的な確証を意味する(61番)。「また、わたしは地獄と死のかぎを持っている」は、〔その方〕おひとりが救うことができることを意味する(62番)。

19. 「書け、それらをあなたは見た、またそれらは「ある」、またそれらはこれからあるようになる」は、子孫のために今や啓示されるすべてのもののために、を意味する(63番)。

20. 「七つの星の奥義は、それらをあなたは私の右手の中に見た、また七つの金の燭台」は、新しい天界について、また新しい教会について、幻の中の秘義を意味する(64番)。「七つの星は七つの教会の天使たちである」は、天界の中の新しい教会を意味し、それは新しい天界である(65番)。「七つの燭台は、それをあなたは見た、七つの教会である」は、地上の新しい教会を意味し、それは、主から新しい天界を通って降ってくる新しいエルサレムである(66番)。

コメントを残す