[5] His dictis, auditum est sicut columba gemeret; [5] これらで聞かれて、ハトがうめくように聞こえた。
et tunc dixerunt uxores, "Hoc indicium nobis est, quod aveamus arcaniora evulgare, quae tamen non licet; またその時、妻たちは言った、「これは私たちにしるしである、私たちがさらに隠されたものを公けにすることを熱望していること、それでもそれらは許されていない。
forte illa quae audivisti, manifestas viris." おそらく、それらを、それはあなたが聞いた、あなたは男たちに明らかにする」。
Et respondi, "Hoc intendo, quid noxae inde?" また、私は答えた、「このことを私は意図している、何がここから害が?」
Uxores postquam de hoc inter se colloquutae sunt, dixerunt, "Manifesta si vis; 妻たちは、その後、このことについて互いに話した、言った、「明らかにせよ、もし、あなたが欲するなら。
non latet nos qualis potentia persuadendi est uxoribus, dicent enim maritis suis, 'Ludit ille vir, sunt fabulae, jocatur ex apparentiis, et ex suetis virorum nugis; 私たちがどんな説得する力〔が〕あるか、妻たちに隠れていない、というのは、自分たちの夫に言うから、「その男は遊んでいる(ふざけている)、作り話である、外観から冗談を言っている、また男たちの日常の(いつもの)たわごとから。
ne credite illi, sed credite nobis; 彼を☆信じるな、しかし、私たちを信じよ。
☆ credoは与格を取ることがあります。
nos scimus, quod vos sitis amores et nos obedientiae.' 私たちは知っている、あなたがたは愛であること、また私たちは従順〔である〕」。
Quare manifesta si vis, at usque mariti non pendebunt ex tuo ore, sed ex oribus uxorum suarum quae osculantur." それゆえ、明らかにせよ、もし、あなたが欲するなら、しかし、それでも夫たちはあなたの口から判断しない、しかし、自分の妻たちの口から、それらはキスされる」。
(3)訳文
208.第二のメモラビリア――
妻たちのもとに深く隠された結婚愛のアルカナについて私が瞑想の中にいた時、再び金の雨が見られた(それは前に〔述べた〕)。また私は、それは東の中の大広間(宮殿)の上に滴り落ちたことを思い出した、そこに三つの結婚愛が生活した、すなわち、互いにやさしく愛した三つの配偶者(夫婦)たちである。
それらが見られて、私はそれらの愛の瞑想の甘味から招待されている者のように、そこへ近づいた。また、私が近づいた時、その雨は金色から紫色に、その後、緋色に、また近くにいたとき、オパールのような露のようになった。
そして、私は扉が叩いた、開かれた。また、お供の者に、私は言った、「前に天使とともに〔いた者が〕再び来て、その者が会話へ入ることを赦すように求めていることを、夫たちに話せ」。
そしてお供の者は戻り、夫たちから同意され、私たちは入った。
そして三人の夫たちは自分の妻たちと一緒に中庭の中にいた、そして私が挨拶し、彼らは好意とともに挨拶を返した。
また、私は妻たちに、その白いハトがその後、窓の中に現われたか質問した。
彼女らは言った、今日もまた現われ、そしてまた翼を広げたこと。「そのことから私たちは、あなたの居合わすことを、そして、結婚愛のアルカナの一つをさらに明らかにすることについての切望を推測した」。
また、私は質問した、「なぜ、あなたがたは一つと言うのか? それでもなおここへ私は、多くのことを知るためにやって来た」。
[2] また彼女たちは言った、「アルカナがある、またある者はあなたがた〔男〕の知恵を、あなたがた〔男〕の思考の理解力がそれらを把握することができないように、それほどに上回っている。あなたがた〔男〕は、あなたがたの知恵から私たちに誇っている、しかし、私たちは私たち〔女〕からあなたがた〔男〕に誇らない、またそれでも私たちのもの〔知恵〕はあなたがたの上に卓越している、あなたがたの性向と情愛に入り、そしてそれらを見、知覚し、感じるからである。あなたがた〔男〕はあなたがたの愛の性向や情愛についてまったく何も知らない、それでもそれらは存在し、それらから、またそれらにしたがって、あなたがたは理解力で考える、それゆえ、それらから、それらにしたがって、あなたがたは賢明である。またそれでも妻たちは、夫たちの顔の中に見るように、また、彼らの口の話しの音からそれらを聞く、それどころか彼らの胸、腕、ほほの上にそれらを触覚で感知する、これほどに十分に自分の夫の中のそれらを知っている。しかし、私たちはあなたがたの幸福と同時に私たちの幸福のために愛の熱意から、私たちは私たちがそれらを知らないようなふりをする、またそれでもそれらを、何でも私たちの夫の意向、選択、意志であるようにし、私たちは、許して、また認めて、また可能な時、ただそらせて、しかし、決して強制しないで従う、それほどに賢明に支配している」。
[3] 私は質問した、「あなたがたのその知恵はどこからか?」
彼女らは答えた、「創造から、またここから出生の時から私たちに生来のもの〔である〕。私たちの夫たちはそれを本能にたとえる、けれども、私たちはそれを男たちが自分の妻によって幸福にされるための神的摂理からのエッセ(本質)と言う。
私たちは私たちの夫たちから、主は男性の人間が理性にしたがって自由から行動するように欲したこと、また性向と情愛に目を向けている彼の自由を、主ご自身は内的なものから調整すること、またそれは彼の妻により外的なものから、またこのように男は彼の妻とともに天界の天使として形作られることを聞いた。
そしてさらに、愛は、もし、強制されるなら、その本質を変え、それは愛でなくなる。しかし、これらをさらにあからさまに私たちは言おう。私たちはそのことに向けて〔心を〕動かされている、すなわち、私たちの夫の性向と情愛を、自分の理性にしたがって自由から行動することが、自分自身に見られるように、これほどに、思慮分別に向けて調節すること、その理由は、私たちは彼らの愛からの楽しみからである、またさらに私たちは、彼らが私たちの歓喜から楽しまされること以上に愛さない、それ〔歓喜〕は、もし彼らのもとで価値がなくなるなら、私たちのもとでもまたつまらなくなるからである」。
[4] これらが言われて、妻たちからの一人が寝室に入り、また戻って、言った、「私のハトはまだ翼を振ってい、それは、多くのことを私たちが明らかにするようにとのしるしである」。
また言った、「私たちは夫たちの性向と情愛のいろいろな変化を観察した、例えば、、夫たちが主と教会に反して空虚な(むだな)ことを考える時、妻たちに寒気がすること。
自己の(プロプリウム)の知性から高慢の中にいる時、寒気がすること。他の女たちを色情から眺める時、寒気がする。妻たちから愛することについて注意される時、寒気がすること。ほかに多くのこと。また、いろいろな冷淡さで寒気がすること。このことを私たちは、私たちの感覚が現在(居合わすこと)によって、彼らの目、耳、身体からの感覚の収縮から気がつく。
これらわずかなものから、あなたは、私たちが夫たちよりも知っていること、彼らに善くあるかどうか、あるいは悪くあるどうか見ることができる。もし、妻たちに寒気がするなら、彼らに悪くある、しかし、もし妻たちに温かいなら、彼らに善くある。それゆえ、妻たちは絶えず心(アニムス)で、男たちが彼女たちに温かい、また寒気がしないような手段を熟考している、またそれら〔手段〕を、夫たちに計り知れない洞察力で熟考している」。
[5] これらが聞かれて、ハトがうめくかのように聞こえた。 またその時、妻たちは言った、「これは、私たちにとって、私たちがさらに隠されたものを、それらは許されていないけれども、公けにすることを熱望していることのしるしである。おそらく、あなたが聞いたそれらを、あなたは男たちに明らかにする」。
また、私は答えた、「そのつもりである、ここから何の害が〔あるのか〕?」
妻たちは、その後、このことについて互いに話し、言った、「明らかにせよ、もし、あなたが欲するなら。私たちにどれほどの説得する力〔が〕あるか、妻たちに隠れていない、というのは、自分たちの夫に言うから、「その男はふざけている、作り話であって、外観から、また男たちの日常の(いつもの)たわごとから冗談を言っている。
彼を信じるな、しかし、私たちを信じよ。私たちは知っている、あなたがたは愛であり、また私たちは従順あること」。
それゆえ、もし、あなたが欲するなら、明らかにせよしかし、それでも夫たちはあなたの口から判断しないで、キスされる自分の妻たちの口から〔判断する〕」。