(1) 原文
237. Lingua angelica non aliquid commune habet cum linguis humanis, nisi cum aliquibus vocibus, quae ex affectione quadam sonant; verum non cum ipsis vocibus, sed cum sono earum, de qua re aliquid in sequentibus. Quod lingua angelica non aliquid commune habeat cum linguis humanis, patet ex eo, quod angelis impossibile sit enuntiare unam vocem linguae humanae: hoc tentatum est, sed non potuerunt; non enim aliud enuntiare possunt, quam quod prorsus concordat affectioni; quod non concordat hoc repugnat ipsi eorum vitae, nam vita est affectionis, et ex illa est loquela eorum. Dictum est mihi, quod prima lingua hominum in nostra tellure congruerit, quia illa fuit eis e caelo; et quod lingua Hebraea in aliquibus congruat.
(2) 直訳
Lingua angelica non aliquid commune habet cum linguis humanis, nisi cum aliquibus vocibus, quae ex affectione quadam sonant; 天使の言葉は人間の言葉と何らかの共通のものを持たない、ある言葉とでないなら、それは一種の情愛から音がする。
verum non cum ipsis vocibus, sed cum sono earum, de qua re aliquid in sequentibus. しかし、言葉そのもとのでなく、その音と〔共通のものがある〕、その事柄について何らかのものを続くものの中で〔述べよう〕。
Quod lingua angelica non aliquid commune habeat cum linguis humanis, patet ex eo, quod angelis impossibile sit enuntiare unam vocem linguae humanae: 天使の言葉は人間の言葉と何らかの共通のものを持たないことは、これから明らかである、天使たちに人間の言葉の一つの言葉(語)を発声することは不可能であること。
hoc tentatum est, sed non potuerunt; このことが試された、しかし、(彼らは)できなかった。
non enim aliud enuntiare possunt, quam quod prorsus concordat affectioni; なぜなら、他のものは発声することができないから、完全に情愛に一致するもの以外に。
quod non concordat hoc repugnat ipsi eorum vitae, nam vita est affectionis, et ex illa est loquela eorum. 一致しないもの、これは彼らのいのちそのものに不快である、なぜなら、いのちは情愛のものであるから、それ〔情愛〕から彼らの話し方はある〔から〕。
Dictum est mihi, quod prima lingua hominum in nostra tellure congruerit, quia illa fuit eis e caelo; 私に言われた、私たちの地球の人間の最初の言葉は一致していた☆、なぜなら、それは天界から彼らにあったから。
☆ 「一致していた」とありますが、何と一致していたのでしょうか? 文脈からは「情愛」と一致していたようです。しかし、直後をみると、「ヘブル語」に言及しているので「天使たちの言葉」と一致していた、と解釈もできます。柳瀬訳「天使たちの言葉に一致していた」はその英訳書の解釈に基づく付加です。長島訳「最初のコトバには、その和合があった」は「情愛との和合」と解釈したのでしょう。
私は「情愛との一致」と見るのが自然だと思います。
et quod lingua Hebraea in aliquibus congruat. また、ヘブル語はあるもので一致すること。
(3) 訳文
天使の言葉は人間の言葉と、一種の情愛からの音であるある言葉と以外に、何らかの共通のものを持たない。共通のものは言葉そのもとのでなく、その音とであるが、その事柄についてこれからいくらか述べよう。天使の言葉は人間の言葉と何らかの共通のものを持たないことは、、天使たちに人間の言葉の一つの語すら発声することが不可能であることから明らかである。このことが試されたが、彼らにできなかった。なぜなら、完全に情愛に一致するもの以外のものは発声することができないから。一致しないものは彼らのいのちそのものに不快である、なぜなら、いのちは情愛のものであり、その情愛から彼は話すからである。私は、私たちの地球の人間の最初の言葉は〔情愛と〕一致していた、なぜなら、それは天界からのものであったから、また、ヘブル語はある点で一致している、と言われた。
(4) ヘブル語は印象的
ヘブル語が天界の天使たちの言語に似ていることは、ここの個所から知っていた。また、スヴェーデンボリが『天界の秘義』の著述を始める前にヘブル語を学んだことも知っていた。私は柳瀬訳『天界の秘義』を読み始めた84年9月から、ほぼ並行してヘブル語を学び始めた。
『天界の秘義』二度目の通読の際は(87年1月~88年9月)「ヘブル語聖書」とともに読み進めた。
最初は海のものとも山のものとも見分けのつかなかったヘブル語も、よい参考書に恵まれて、読めるようになった。「急がば回れ」を実際に味わった。すなわち、ヘブル語の学習は非常な「回り道」に思える。しかし、内意に迫りたい私にとって避けることのできない道だった。そして、結局これが「近道」だった。ヘブル語を学んだ利点は何と言っても聖書(旧約聖書の部分)が原典で読めることである。原典で読めるほどありがたいものはない(この『天界と地獄』でも原典で読めばこその発見がある)。
それ以外にもよいことはいっぱいある。まるで異なる体系の言語を学んで、「言語とは何か」について思索が深まった。日本語以外には英語しか知らなかったが(他の言語もかじってはいた)同じく学び始めたギリシア語などと比較して「言語の特長」なども理解できるようになった。
長くなるのでこの辺でやめたい、ヘブル語の印象を二つ紹介しておこう。
(1)まさにこれが聖書の書かれた言語だ! との印象である。そしてこの個所の「ヘブル語に一致するものがあること」を単に「へぇ~、そんなものなのかな」でなく、「そうだ、そのとおりだ」と心からから思えることである。(旧約)聖書の一つ一つの文は短い、複雑な構文はない。しかし、その短い文を、淡々と並べ立て、積み重ねた文章から、圧倒的な迫力を感じる。
(2)意外と日本語と似ている! 一つ述べればともに「時制」がないことである。英語を学び始めたとき、日本語に時制の概念がないので、その学習に戸惑った人が多いのではなかろうか。
そしてその学習を通して日本語にも「時制」があると勘違いしてしまっている人もいるのでなかろうか。日本語「あった」とは「完了」である。何かを見つけたとき「あった、あった」と言う。本来なら「ある、ある」と言ってもおかしくない。でも、見つけるという行動が「完了」したので「あった」となる。未来時制もない。「~だろう」は「推量」である。未来のことは不明なので、「推量」する、それで未来時制を訳す時に推量をあてはめている。ヘブル語にも時制はなく、あるのは「完了形」と「未完了形」だけである。時制は文脈からわかる、これは日本語と共通である。
(1) 原文
238. Quia loquela angelorum correspondet eorum affectioni quae amoris, et amor caeli est amor in Dominum et amor erga proximum (videatur supra, n. 13-19), patet quam elegans et jucunda est loquela illorum; afficit enim non modo aures, sed etiam interiora mentis illorum qui audiunt. Erat quidam spiritus durus corde, cum quo angelus loquebatur: ille ex loquela ejus tandem ita affectus est, ut lacrymas funderet; dicens, quod non resistere posset quia erat amor loquens, et quod prius nusquam lacrimaverit.
(2) 直訳
Quia loquela angelorum correspondet eorum affectioni quae amoris, et amor caeli est amor in Dominum et amor erga proximum (videatur supra, n. 13-19), patet quam elegans et jucunda est loquela illorum; 天使の言葉は愛のものである彼らの情愛に対応するので、また天界の愛は主への愛と隣人に対する愛である〔ので〕(上の13-19番に見られる)、彼らの言葉がどれほど優雅で快いか明らかである。
afficit enim non modo aures, sed etiam interiora mentis illorum qui audiunt. なぜなら、耳だけでなく彼らの心(精神)の内的なものにも働きかけるから。
Erat quidam spiritus durus corde, cum quo angelus loquebatur: 心で固いある霊がいた、その者に天使が話した。
ille ex loquela ejus tandem ita affectus est, ut lacrymas funderet; 彼はその話し方からついにこのように感動した、涙を流すように。
dicens, quod non resistere posset quia erat amor loquens, et quod prius nusquam lacrimaverit. 言って、抵抗することができないこと、愛が話している(もので)あったので、また以前に決して涙を流さなかったこと。
(3) 訳文
天使の言葉は愛のものである彼らの情愛に対応し、また天界の愛は主への愛と隣人に対する愛であるので(前の13-19番に見られる)、彼らの言葉がどれほど優雅で快いか明らかである。なぜなら、耳だけでなく彼らの心の内的なものにも働きかけるから。心の固い霊がいて、その者に天使が話しかけたことがある。その者はその話し方からついに涙を流すまでに感動し、愛が話していたので、反抗することができず、以前には決して涙を流したことはなかった、と言った。