原典講読『結婚愛』461(訳文[6]~[8])

 [6] また、私またづき、到来理由、何さかえるように懇願した

 これらの質問からうれしがってった、「快さをs天界地獄でどんなものであるかること真理である。意志その意志から人間人間である、快さからでないなら、決して一瞬じないなぜなら、本質的められた意志、愛情愛、そのように、快さのらかの情愛でしかない、というのは、何らかのえり(選択)、好みと心地よさでありそれがすることをなうからである。意志理解力えることへ、意志さのるものからでないなら、思考観念最小量存在しない

 そのようであることの理由、主自分自身から流入によって、天使、霊、また人間のもとのすべての霊魂とすべての拍動させ、愛知恵流入によって活動させこの流入活動そのものでありその活動からすべてのさがありその起源祝福、至福、幸福ばれ、派生物、楽しさ心地よさまた全般的意味「善」〔ばれる〕からである。

 しかし、地獄自分自身のもとのすべてのものをそのように、真理虚偽、常さを持続して、逆にするなぜなら、快さの持続なしに、彼らに意志はなく、感覚もなくそのようにいのちがないからである

これらから、地獄さが何か、またどんなものかどこからかなおまた天界さが何か、どんなものかどこからであるか、明らかである。

[7] これらを聞いて、第三の集団へ導かれた、そこに結果を調べ、「知識」と呼ばれる者がいた。

これらのった、「低またこれらからあなたはその、天界天使快感また地獄快感知覚、感じる」

 しかし、見その時、隔たったところの地面、裂から三人悪魔、彼らのさからってったまた新参仲間となった〔天使〕、彼三人摂理から、地獄からったこと知覚したので、彼らに言った、「さらに、近づくなしかし、あなたがたがいるその場所から、あなたがたの快さについて何らかのものを語れ」。

 彼らはった、「善良あるいはであるそれぞれの、自分さのにいること、善良自分また自分さのにいることを」。

質問した、「あなたがたのさは?」

 彼らは、淫行、激怒し、だまし、冒涜するさであったことをった

 再質問した、「それらのさはどんなものであるのか?」

 彼らは、他により、糞からの悪臭のようにまた死体からの腐臭のようにまたよどんだ尿からのいのようにじられることをった

質問した、「それらがあなたがたにいものであるのか〕?」

 言った、「極めて()いものである」。

 〔私たちは〕言った、「その時、あなたがたは不潔であるそれらはそれらのごす」。

 答えた、「もしたちがそのような者〕である〔と思う〕なら、私たちはそのような者である2しかしそのようなものがたちの歓喜(させるもの)ある」。

[8] 質問した、「もっと〔ほかに〕何が〔あるか〕?」

 善天使攻撃しないかぎりそれぞれの自分さのさらにまた不潔なものとぶようなにいることがされていることをった。「しかし、私たちのさから、他攻撃すること以外なってできない、〔そうするとき〕私たちは強制収容所まれそこでしいことをそこにたちのさの抑制めることがあり、〔それは〕地獄ばれるそしてまた内的しみである」。

 その時、質問した、「なぜあなたがたは善良攻撃するのか?」

 言った、異なってできないこと。「ある天使るときまたらのまわりの神的なスフェアをじるとき、激怒むようである」。

その時、彼らは言った、「このようにあなたがたもまた野獣のようである」。

 彼らが天使とともに新参るときすぐに、悪魔激怒てきたそれはしみののようにえたそれゆえ、害えないように、地獄された

 この後、目的から原因見、原因して結果天使たちがわれたそれらのはそれらのつの集団上方天界にいたこれらのられた。そのがったらせんってがりち、〔天使が〕円形花冠ってきて、新参いたその時、彼にここからがあった、「あなたは子供時代から天界地獄について熟考したので、その理由のためにこの月桂冠があなたにえられる」。

 

1 ウェヌスは別名ヴィーナス(ミロのヴィーナスが有名)であり、愛と美の女神です。クピドーは別名キューピッドです(恋の橋渡し役)。ここは砕けて言えば(自分自身のまた他人の)「恋愛談議」です。

2 接続法と直接法「もし私たちがそうであるなら、そうである」

 原文はSi simus, sumusであり、直訳すれば「もし、私たちであるなら、私たちである」です。ラテン語にこのように簡潔でしかも明快な表現法、すなわち、接続法と直接法があることに、感心してしまいます。これを日本語で「そのようなもの〝である〟なら、そのようなもの〝である〟かもしれない」と言えば、これで意味が通じます、それでもこの二つの〝である〟の間に接続法と直接法が使われていて、しかも意味を持っています。すなわち認識上の「である」(接続法)、「あなたはそう思うかもしれない」というニュアンスと、事実上の「である」(直接法)、「それでもこれが私たちの実態である」

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