(3) 訳文
木星の人間に天使たちが到来するよりも前に道を準備することについて
バプテスマのヨハネについて
1648. 木星の霊たちからのある者が、その者の到来によって人間に、恐れや恐怖を引き起こされるが、自分の到来によって、私の左側に、前腕の下に、よりそった。またそこで自分の方法で話した、最初、いくらか歯をきしませるように、その後、唇でかのように話した。のように、彼の話しの声は、だれかが唇で締め付ける音のように聞かれた。連続しない、しかし非常に途切れた言葉であった。そのように話しの観念は、または言葉はつづけざまのものでなく、私は何を話しているか知るのに長く待たされなくてはならなかった。 それらに関して、何らかの恐怖もまた引き起こしたことを言った。
ほかに他のことを私に言った、彼らの地球の中で天使たちが到来するとき、そのように通常のことであることである。天使たちの到来のために、彼らに人間が前もって送られ、準備することである。それらについてもまた話し、また、私が彼らを何らかの危害なしに、よく受け入れようにと警告した。その者に、私は、このことは私のすることではない、しかし、そこに私がいるこの地球の霊たちのすることである、と答えた。その者が、たとえ居合わせても、私には抑制することができない、しかし、もし彼らができるなら、よいことである。
1649. その後、その地球の、すなわち、木星の天使たちがやって来た。また、私は、他の種類の者を、知ることができた、そのように彼らの話し方から他の地球の者であった。彼らの話し方は、言葉で話さない、しかし、観念によって話すようなものであった。それ〔話し方〕は顔全体にわたって広がった、そのようにいわば顔で協力していた。実際に、最初は、唇から周辺へ話すかのようであり、、いわば顔を起源としているかのようであった。そのことを私はたとえぼんやりと知覚していたにしても、さらにまたその後、私にはっきり示された。確かに言葉の中でとぎれたもの、しかし言葉そのように聞かれない、いわば連続する観念であった。彼らは、自分の地球では自分の仲間とそのように話す、と言った。なぜなら、そこには唇から始まる顔の話し方があるからである、それについては前のものを見よ〔529-30番〕。
1650. その後、依然としてさらに連続して、そのようにほとんど知覚されない言葉で話された。しかし、いわば連続する観念であり、それでもここから私により言葉が形作られた。しかし、人間が何らの言葉の熟考なしでいる時のように留意されないで、意味だけに留意している、その時、言葉は、あたかも存在しないかのように見られる。これは同様であっても、それでも相違とともにある、私が言葉をいわば消えることのように、また話しを観念だけによって続くもののように知覚したことである。それでも、もし言葉で聞かれたにしても、それよりもさらに理解できる〔ものであった〕。
この話し方は、さらに依然として連続する観念から構成されている、すなわち、連続する観念のように顔全体もまた動かした。しかし、目から起源を持ち、このように周囲へ広がった。このようにこれは前のものよりも内的な話し方であった。自分の地球の人間のもとのこのような話し方についても話した、すなわち、このようにさらに善良な者のもとの〔話し方である〕。
1651. なおまた、そのように顔と一緒でなく、すなわち全体によって適合する運動で協力するのでなく話す〔ことについて〕もまた話した。しかし、顔は私には静止して見えた。その時、脳の中で話した、そのように脳は同様に動かされた。その運動を、またはその振動を、私はそのように感じることができなかった。しかし、依然としてさらに連続した観念による話し方があった。そのように多くのものからいわば一つの観念がこのように連続していた、それでも私によって理解できる〔ものであった〕。