(3) 訳文
198. それぞれの霊は、またさらにそれぞれの霊の社会は、原理と確信から得て、そのスフェアは原理と確信のものであるそれ自体のスフェアを持っている。悪い悪鬼は欲望のスフェアを持っている。〔その〕原理と確信のスフェアは、他の者の中で働くとき、真理を虚偽であるようにするようなものであり、またすべての確信をひき起こして、虚偽が真理であり、また悪が善であると信じることをひき起こす。
[2] ここから、主からの真理を信じないなら、どれほど容易に人間は虚偽と悪を確信させられることができるか、明らかにすることができた。このようなスフェアは虚偽の性質にしたがってさらに濃いものである。これらのスフェアは、真理の中にいる霊たちのスフェアと決して調和することができない。もし近づくなら、反感が生ずる。もし許しから虚偽のスフェアがまさるなら、善い者たちは試練の中に、そして不安の中にやって来る。
不信のスフェアもまた知覚された、その者は、言われたことを何も、彼らに見るように示されたこともほとんど信じないような者である。感覚で把握されないなら何も信じない者のスフェアもまた〔知覚された〕。
[3] 私にさらにまた、暗い色の服を着て、ひき臼に座って、あたかも粉を挽くかのような者が見られ、またそばに小さい鏡が見られた。私はその後、幻想か生み出されたものを見たが、しかし、それは実体のないものであった。だれであったか不思議だ
ったが、しかし、私にやって来て、臼に座った者であった、またすべてと個々のものは単なる幻想であり、決して実在するものではないというような観念を持っていること、それゆえ、そのような者になった、と言った。