レキシコンとその必要性について述べてみます
まずレキシコンとは、大辞林(三省堂)に[辞書・辞典類のうち、特にギリシャ語・ラテン語・ヘブライ語〔ヘブル語〕など古典語のもの。また、特定の題目・分野・作家の語彙・語集をいう」とあります。
ここの「スヴェーデンボリのラテン語レキシコン」は後者です。すなわち、スヴェーデンボリの神学著作で使われている語彙のすべてと、そのおもな出典個所と用例を編集したものです。
そこでの語義はスヴェーデンボリの用いた(念頭にあった)意味です。すなわち、①通常の辞書の語義のうち、その一部しか使用していない ②通常とはやや異なる意味で使用している(これが問題となります)③辞書にない意味で使用している(これも問題です)
掲載の見出し語についても、通常の辞書にない単語がずいぶん出てきます。
私事になりますが、以前、田中秀央の『羅和辞典』でスヴェーデンボリの著作を読もうとしましたが、無理でした。掲載されていない語が多数あります、その上、そこの訳語が原著の内容と全然合いませんでした。原典解読は行き詰まっていました。そこに救い主かのように現われたのがチャドウィックの『A LEXICON TO THE LATIN TEXT OF THE THEOLOGIKAL WRITINGS OF EMANUEL SWEDENBORG』でした。5~6年使用していましたが、あまりのすばらしさに、2000年の夏からぽつぽつと翻訳し始めました。これまで莫大な労力をかけてきましたが今年中には終りそうです。
閑話休題、スヴェーデンボリに限らず、ある思想家などを本格的に研究しようとするなら、その人物が特にキーとなる言葉を、どこで、どのような文脈の中で使っているかが問題となります。いわゆる「用例」が重要となり、翻訳上の訳語なら、そうしたことをふまえたうえで決定しなければなりません。通常の辞書の訳語をもってきて「事足れり」とはなりません。
ともかく、この『レキシコン』によって、原典を読んでみようという方々が一人でも出てくることを願っています。
投稿者: yasubee
レキシコンの必要性について(一般論)
レキシコンが必要なことについて、一般論を述べてみます。
だれかが使用する言葉は、辞書に載っている言葉とその語義全部ではありません(A)。また、辞書で定義される意味とはやや異なるニュアンスで使用しているかもしれません(B)。
(A)その人が使用していない言葉がいかに豊富に掲載されていようと、無意味です。また、多くの言葉には何通りかの語義があります。英語で言えばmanといえば、大きく①「人」でもあり、②男でもあり、その他にも、文脈の中などから、いろいろな意味を持っています。人は当然ながら、その全部の語義を使用するのではありません。限られた語義だけを用います。そのとき他の語義は不要です。すなわち、レキシコンには余分なものは掲載されていなくて、「実際に用いた意味」だけが掲載されています。
(B)すると、通常の辞書から不要部分を削除しただけの「薄いもの」となるでしょうか。なりません。
辞書に載っている意味とはやや異なる意味(ニュアンス)で使用しているかもしれません(これが問題です)。また、通常の辞書には掲載されないような特殊な用語や、場合によってはその人の「造語」を使っているかもしれません(スヴェーデンボリの場合はヘブル語の音訳、解剖学からの用語など)。綴り(スペル)違いですら、研究対象になるかもしれません。そうしたこことから「見出し語」は増えます。
それ以上に問題となるのが「語義」です。たとえば「愛」という言葉なら、この言葉から感じ、受け取るものは人それぞれで違います。それで他人が「愛」と語るとき、この人は「どのような意味で愛という言葉を使っているのだろうか」と思いながら(確認作用)その話を聞きます。この確認作業は「著作」で言えば「文脈」です。また他の個所での使用例(用例)です。
これが他国語(ラテン語)なら、そのようなニュアンスをわきまえた上で「訳語」をけっていしなければなりません。そうしないと、「真意」が伝わらないまでも、ぼやけてしまいます。
以上から、「レキシコン」では「用例」が重要で、必要不可欠なものとわかるでしょう。
これまでレキシコンに取り組んできましたが、語義や用例だけを訳すのではなく、その用例周辺の文脈全体から、また他の個所での使用例から訳語や例文の訳を定めるようしているので、とんでもない労力がかかっています。辞書作りの大変さを(たっぷり)味わっています。でも、苦痛ではありません。私にとって学びであり、チャレンジです。
イタリア旅行(ラテン語が役立ったこと)
約一年前の三月末をもって定年退職をしたので、ひまはある。金さえ都合つけば、いつでも旅行できる。とりあえず、これまで働いた自分への褒美として女房とともに中国に行った(7月上旬)。旅行先は西安と北京。いろいろな宿望はあったが、(1)兵馬俑を見て、(2)万里の長城を自分の足で踏みしめたかった。歴史的古都西安(昔の長安)ではきれいな城壁にのぼり、シルクロードの出発点に立ち、これが当時の西の都ローマにつながっているとの感慨にふけった(すべての道はローマへ続く)。
北京の天安門広場に立ち、「中華人民共和国万歳(歳の字は異なる)」「世界人民大団結万歳」の文字を見て感動し、涙した。果たしてこのような文字を掲げる国がこれまであっただろうかと(なお、文字数が9であることに着目。中国では数「九」が尊ばれる。理由は一桁では最大の数であること。それと私は3×3が9だからと思う)。いろいろあるがここでは割愛(そのうち語ります)。
となると、次はシルクロードのもう一端ローマに行きたくなる。今は年金生活者なので貧乏である(退職金は老後(今もそうだが)の蓄えとしてとっておかなくてはならない)。旅行代金が底値となる12月上旬に女房をイタリアへ連れて行った(中国旅行では、その後ずっと、「なんで中国なの? 手近なところでごまかされた。もっと良い所に連れて行ってほしかった」と言われ続けた。口封じのためにも、すぐさまヨーロッパ旅行を予約しなければならなかった)。
イタリア旅行では(1)ゴンドラに乗ること、(2)「真実の口」に手を入れて、手が抜けるか確かめてみるのが宿願だった(もちろんその他もあります)。
前置きが長すぎた。これからが本論「ラテン語が役立ったこと」
ヴェネツィア(やはり美しい水上の都)での「サン・マルコ寺院」。エジプトのアレクサンドリアから聖マルコの遺体を盗み出し、それを納めたビサンチン様式の残る、壮麗な寺院。あまりの美しさにびっくり。なお遺体は盗品追及の目を逃れるため豚肉に隠して運んだ。豚肉は忌み嫌われたからである。さて、寺院内はいたるところ(聖句など)ラテン語で溢れている。しかし、満足に読めない。これまで懸命に勉強してきたのに、このざま、がっかりだ。内陣も見終わり、そろそろ出ようかなと思っていた。内陣の中心には鉄格子で囲まれたりっぱな石棺(と後でわかった)があった。祭壇の一種かなと思って何気なくそこに刻まれた文字を見てびっくりした。「聖マルコの遺体」と書いてあった(もちろんラテン語)。「そうか、ここに納まっているのか!」と改めて礼拝した(遺体などの礼拝は新教会では禁じているが、よろしいんじゃないでしょうか)。寺院には案内文など掲示されていない。ラテン語が読めなかったら、見逃すところだった。他はろくに読めなかったのに、これだけは読めたのだった! その後、サン・マルコ広場にある鐘楼に登り、スヴェーデンボリも訪れたこの美しいヴェネツィアの町を眺め回した。
イタリア旅行(ミラノ編・誤訳について)
スヴェーデンボリは若い頃、イタリアを旅している(サイト:「あおい出版」の『スヴェーデンボリ叙事詩』第18章参照)。これもイタリア行きの理由の一つだった。著作以外に私たちがスヴェーデンボリとの接点を持とうとすればストックホルムやロンドンに行くことだろう。どちらもいずれ訪れてみたい。イタリア旅行中、「これをスヴェーデンボリも見たんだな」と思いながら、眺めると、単なる観光とは一味違う。
さて、最初はミラノ。スフォルツェスコ城もすばらしかったが、なんといっても「ドゥオモ(大聖堂)」。人によっては眺めるうち身震いがするという。私も圧倒された。中に入ってもステンドグラスが壮麗極まりない。堂内を歩いていくうちに(人だかりがしている)「聖バルトロメオの像」の前に来た。殉教の際に生きたまま皮を剥がされ、その剥いだ皮膚を肩越しに、身に巻きつけている像である。これを見て自分の「誤訳」に気づいた。98年の5月ごろ、『叙事詩』の該当部分を訳していた。そこには「the statue of St. Bartholomew carrying his skin over his arm」とあった。因幡の白兎じゃあるまいし、まさか、自分の皮膚を担いでいるとは想像だにできなかったので「腕の皮膚がめくり上げられた聖バルトロマイの像」と訳してしまった。実物を知っていればなんでもないことであるが、自分の知らないことを翻訳する時にはえてして起こりうることである。日本に帰ってきて、すでにネット上に掲載されていた『叙事詩』第18章を、他にもわかったこと(ローマのある教会について誤解していた、後述)も含め、誤訳個所をすぐさま修正した。やはり「何事も、実際に見て、知っていることは大きい」。
これだと、あまりにもまじめな旅行に思えてしまう。結構私は俗人である。ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世のガッレリア(名前が長すぎる、ディズニーランドのワールドバザールの本家本元と思ってください)の中心部の交差点に「マクドナルド」がある。真向かいは「プラダ本店」である。マクドナルドの店舗のうちでは最高級の立地条件ではなかろうか。ガッレリアの各店は黒の色調(上品でした)で統一されている。それでマクドナルドも「赤と黄」でなく「黒」である。黒くてシックなマクドナルド店など想像できますか? トイレを借りるつもりで入ったが、うまそうなのでアイスクリーム風のケーキとコーヒー(エスプレッソ)を注文した。窓越しに見える「プラダ本店」を眺めながら、(マクドナルドのうちでは)おそらく世界一の味を楽しんだ。貧乏旅行なので、プラダには入いらずじまい。
レキシコン、これまでの取り組みと現在
何かの参考になるかもしれません。これまでの歩みと今後の予定を紹介してみます。
このレキシコンの底本(原典)である「A Lexicon to the Latin text of the Theological Writings of Emanuel Swedenborg」の出版は1975~1990年です(8分冊で発行され、15年かかっている!)。
私が購入したのは94年5月(47歳)。使っているうち、あまりのすばらしさに(近年なされたスヴェーデンボリ研究における一大業績と思えます)翻訳したくなりました。大きな理由は「自分自身でも使いたい」からです
☆ 2000年8月から見出し語の入力開始、片手間にやっていたので「見出し語と活用や変化形の入力」に2004年いっぱいかかった。
☆ 「用例入力」に2005年の約1年間。2005年の前半から、いくつかの項目を訳し始めた。
☆ 「用例のうち、聖書からの用例文」を2006年前半で訳了。
☆ 2006年後半から本格的に翻訳開始。
☆ 2007年末までで、項目A、C、I、P、Sを残して翻訳終了。
☆ 2008年1月にて「A」終了。ここまでで見出し語総数7617(総見出し数は12,000ぐらいとなるでしょう)
現在、「C」に取り組んでいて、3月中に終了する予定。
原著906ページ(+補遺28ページ)のうち約600ページ余りが終了、残り300ページ弱、そのうち「P」と「S」がそれぞれ100ページとちょっとの分量。それで、「原稿」としての完成は今年中。
その後、「校正」に半年ぐらいかかるでしょう。
一日に1~2ページしか訳せません。段々仕事が遅くなったことと、じっくりやっているからでしょう。
これまで訳了した部分はアウトプットし、(未完成ながら、すでに)辞書として使用しています。その利点は二通あります。
(1)何よりも使いやすい! 自分の作った辞書はこれほどに使いやすいものなのかと「自画自賛」
(2)引くことがそのまま「校正」になる! そこで訳語を変更することがしばしばある。ここでネット上に公開してあるものも、すでに変更されています。しかし、いちいち訂正はしません。あくまで「試作品」であることをご承知おきください。