スヴェーデンボリの神学著作に用いられている語彙集「スヴェーデンボリのラテン語レキシコン」をSYさんが作成中です。もう何年も前から取り組んでいましたが、今年中には完了する見通しがついたようです。
いずれ出版することを考えていますが、需要は極めて少ないと思いますので、少部数、バインダー形式で提供するような形でしょうか。
併せて、ネットでも内容を掲載したいという編集・作成者本人の意向があり、公開を開始しました。現在「A」の項目のおよそ半分を公開しています。今後、少しずつデータを追加していく予定です。
投稿者: aoi-press
苦菜 amaror
「ラテン語レキシコン」にamabilis(愛らしい)~anatomicus(解剖学の;解剖学者)追加掲載しました。
今回の追加分には、amarus(アマールス)という言葉が含まれています。「苦い」という意味の形容詞です。日本語で「苦い」の反対の意味は、「甘い」ですから、憶えやすいですね。
これに関連するamaror(アマーロル)は「苦菜」です。イスラエル民族がエジプトから出て、カナンへと旅立つ前に行なわれた過越しの祭りで、彼らは子羊の肉とパン種の入っていないパンとともに「苦菜」を食べるように命じられました。
そのことが記された出エジプト記12:8のラテン語訳は次のとおりです―
Et comedent carnem in nocte illa assam igne, et azyma super amaroribus comedent illam.
「苦いもの」「苦菜」はカナン(つまり天界)への旅路にともなう試練における不快なことを意味しています(『天界の秘義』7854)。
ユダヤ教の過越しの祭りは、キリスト教では「聖餐式」に代わりました。どちらも旅立ちへの決意を新たにするための儀式です。
しかし、それは単に人生の「苦さ」への悲壮な覚悟をせまるものというだけではないように思います。
聖餐や過越の儀式には何かを「食べる comedo」という行為が含まれています。それは肉体に栄養を与え、エネルギーを補給する行為であると同時に、味覚を楽しむという一面も大いに含まれています。「苦さ」はある種のスパイスにもなり得ます。
肉体に食物が必要であるように、心にふさわしい食物も必要です。私たちは与えられたさまざまな経験を通して、精神的・霊的に養われ、生長すると同時に、そこには苦しみだけではなく、喜びもともなうということが示唆されているようです。
スヴェーデンボリ文選
「スヴェーデンボリのラテン語」サイトの中の記事『スヴェーデンボリのラテン語』は、スヴェーデンボリの著作をラテン語で学ぶために文法などを説明した同タイトルの本(G. F. ドール牧師/博士著―絶版)をそのまま掲載してあるものですが、その著作の後半部分にあたる「スヴェーデンボリ文選」の掲載を開始しました。
これはスヴェーデンボリの著作から抜粋した原文記事に注釈と和訳を加えたもので、前半で学んだことを実際に原文を読むことにより、さらに深めるために準備されたものです。これによってスヴェーデンボリの神学著作のラテン語がどのようなものか、実際に確認することができます。
レキシコンデータ掲載ー2月14・15日
ラテン語レキシコン掲載データ追加しました。
2月14日 anceps(adj. 両刃の;不確実な)~ansula(f. 留め金)
2月15日antagonista(m. 敵対者)~apex (m. 先端)
スヴェーデンボリの準備
あおい出版のサイトの「デジタル文庫」に、アルフレッド・アクトン師の講演を文書化した『スヴェーデンボリの準備』全文を公開しました。
これは1949年にロンドンで開催された『天界の秘義』出版200年を記念して行なわれた集まり行なわれた講演です。
スヴェーデンボリという人物が霊界の秘密を明らかにするという特別な使命を実現するための準備としてどのようなことがなされたかということに焦点を絞ってここには論じられています。