(1) 原文
De fide
694. De fide etiam hodie loquutus sum cum animabus et spiritibus, quod nempe fides Christianorum hodie sit fides memoriae, sic modo oris, ita extra hominem, at vero fides quae intra hominem, hodie, paene nulla est, nam opera eorum manifestant, qualis fides, nempe quod sit contrarium fidei, talis est indoles eorum in altera vita, ubi dum quaerere volunt ubi fides, extra hominem est, sic dissita ab homine sicut luna a terra.
695. Num autem ad facultatem recipiendi fidem salvificam conducat, et sic quasi cortex, per quem succus seu vita transit in arborem, seu in ramos, et sic in fructus, hoc alia res est. 1748, 9 Febr.
(2) 直訳
De fide 信仰について
694. De fide etiam hodie loquutus sum cum animabus et spiritibus, 今日もまた、私は信仰について霊魂たちまた霊たちと話した、
quod nempe fides Christianorum hodie sit fides memoriae, sic modo oris, ita extra hominem, すなわち、今日のキリスト教徒の信仰は記憶のものであること、このように単なる口の、そのように人間の外に〔にある〕、
at vero fides quae intra hominem, hodie, paene nulla est, しかし、信仰は、それは人間の内に〔ある〕、今日、ほとんど無である、
nam opera eorum manifestant, qualis fides, nempe quod sit contrarium fidei, なぜなら、彼らの働きが明らかにしているからである、どのような信仰か、すなわち、信仰に対立したものであること、
talis est indoles eorum in altera vita, ubi dum quaerere volunt ubi fides, extra hominem est, 来世の中の彼らの性質はこのようなものである、そこにどこに信仰が〔ある〕か質問する(求める☆)ことを欲する時、人間の外にある☆、
☆ ここは二通りの解釈が考えられます(原文が省略した形で書いてあるので、どっちかはっきりしません)。
すなわち、「人間の外にある」をどのように解釈するかです(自分なのか、相手なのか)、これはその前の quaero の意味によって変わってきます、この語は大きく二つの意味があります「求める(さがす)」と「質問する」です。①「求める」なら「人間の外にある」のが「わかった」(自分)となり②「質問する」なら「人間の外にある」と「言われた」(相手)となります。どちらかの訳とし、別役も考えられるると「注」を付けておくのばよいでしょうね(出版するとなれば)。
sic dissita ab homine sicut luna a terra. このように人間から遠く離れた〔ものである〕、月のように、地球から〔遠く離れた〕。
695. Num autem ad facultatem recipiendi fidem salvificam conducat, けれども、〔信仰が〕救う信仰を受け入る能力に貢献するかどうか、
et sic quasi cortex, per quem succus seu vita transit in arborem, seu in ramos, et sic in fructus, またこのように〔信仰は〕あたかも樹皮のよう〔である〕、それを通って樹液すなわちいのちが木の中へ通過する、すなわち、枝の中へ、またこのように実の中へ、
hoc alia res est. このことは別の事柄である。
1748, 9 Febr. 1748年2月9日。
(3) 訳文
信仰について
694. 今日もまた、私は信仰について霊魂また霊たちと話した。すなわち、今日のキリスト教徒の信仰は、記憶のもの、このように口先だけの、そのように人間の外にあること、しかし、人間の内にある信仰は、今日、ほとんどないことである。なぜなら、彼らの働きがどのような信仰か、すなわち、信仰に対立したものであることを明らかにしているからである。来世の中で、どこに信仰があるか質問する(求める☆)ことを欲する時、そこでの彼らの性質は、人間の外にある☆ようなもの、このように地球から遠く離れた月のように、人間から遠く離れたものである。
☆ ここは二通りの解釈が考えられます、①「質問する」なら「人間の外にある」と「言われた」となり、②「求める」なら「人間の外にある」のが「わかった」となります。
695. けれども、〔信仰が〕救う信仰を受け入る能力に貢献するかどうか、またこのように〔信仰は〕あたかも樹皮のようであり、それを通って樹液すなわちいのちが、木の中を、また枝の中を通過し、またこのように実の中へ〔進む〕が、このことは別の事柄である。1748年2月9日。