(1) 原文
49. Quod Deum attinet: amare et reciproce amari non potest dari in aliis, in quibus est aliquid infiniti, seu aliquid essentiae et vitae amoris in se, seu aliquid Divini; si enim aliquid infiniti, seu essentiae et vitae amoris in se, hoc est, aliquid Divini, esset in illis, tunc non amaretur ab aliis, sed amaret se; infinitum enim seu Divinum est unicum; si hoc in aliis foret, foret Ipsum, ac foret ipse amor sui, cujus ne hilum dari potest in Deo; hoc enim prorsus oppositum est Essentiae Divinae. Quare [amare et reciproce amari] dabitur in aliis, in quibus nihil Divini in se, est. Quod id detur in creatis a Divino, infra videbitur. Sed ut detur, erit Infinita Sapientia, quae unum faciet cum Infinito Amore; hoc est, erit Divinus Amor Divinae Sapientiae et Divina Sapientia Divini Amoris (de quo supra, n. 34 ad 39).
(2) 直訳
Quod Deum attinet: 神については☆―
☆ quod~attinetで「~については、~に関しては」という意味です(スヴェーデンボリはattineoをこの用い方しかしていません)。
amare et reciproce amari non potest dari in aliis, in quibus est aliquid infiniti, seu aliquid essentiae et vitae amoris in se, seu aliquid Divini; 愛することと相互に愛されることは他の者たちの中に存在することはできない、それらの中に無限がある、すなわち、本質的に(それ自体の中に)本質と愛のいのちの何らかのもの、すなわち、神的な何らかのもの。
si enim aliquid infiniti, seu essentiae et vitae amoris in se, hoc est, aliquid Divini, esset in illis, tunc non amaretur ab aliis, sed amaret se; なぜなら、もし、無限の何らかのもの、すなわち本質的に(それ自体の中に)本質と愛のいのち、すなわち、神的な何らかのものは、それらの中にあった(ある)なら、その時、他の者たちから愛されない、しかし、自分自身を愛するから。
infinitum enim seu Divinum est unicum; なぜなら、無限、すなわち神性は唯一であるから。
si hoc in aliis foret, foret Ipsum, ac foret ipse amor sui, cujus ne hilum dari potest in Deo; もしこれが他の者たちの中にあった(ある)なら、その方であった(ある)、そして自己愛そのもの☆1であった(ある)、その☆2神の中にまったく存在することができない。
☆1 この個所の柳瀬訳は「それが自己それ自体を愛している」と、わかりづらいものとなっています。
☆2 「その」に続く言葉が略されていますが、自己愛でしょう。神の属性を問題としているので、再び言及するのを避けたのだと思います。それで訳文も「それは」とするのがよいでしょう。
hoc enim prorsus oppositum est Essentiae Divinae. なぜなら、これは神的な本質に完全に対立しているから。
Quare [amare et reciproce amari] dabitur in aliis, in quibus nihil Divini in se, est. それゆえ、(愛することと相互に愛されることが☆1)他の者たちの中に存在することは、それらの中に本質的に神性の何もない、ある☆2。
☆1 ここで補った[amare et reciproce amari]はこの原典講読の底本としているスヴェーデンボリ協会の1982年版にはありません(英訳書はこれを補っています)。
☆2 直訳で読みづらくなっています。「・・・存在することは」「ある」という意味なので、簡単に言えば「存在する」です。
Quod id detur in creatis a Divino, infra videbitur. そのことが神性による被造物の中に存在することは、下に見られる。
Sed ut detur, erit Infinita Sapientia, quae unum faciet cum Infinito Amore; しかし、存在するために、無限の知恵が存在しなくてはならない〔未来形〕、それは無限の愛と一つとならなくてはならない。
hoc est, erit Divinus Amor Divinae Sapientiae et Divina Sapientia Divini Amoris (de quo supra, n. 34 ad 39). すなわち、神的な知恵の(ものである)神的な愛と神的な愛の(ものである)神的な知恵が存在しなくてならない(これについては上の34から39番)。
(3) 訳文
49. 神については―
愛することと相互に愛されることは、それらの中に無限がある、すなわち、それ自体の中に本質と愛のいのちの何らかのもの、すなわち、神的な何らかのものがある他の者たちの中に存在することはできない。なぜなら、もし、それらの中に無限の何らかのもの、すなわち、それ自体の中に本質と愛のいのち、すなわち、神的な何らかのものがあるなら、その時、他の者たちから愛されないで、自分自身を愛するから。それというのも、無限、すなわち神性は唯一であるから。もしこれが他の者たちの中にあるなら、〔他の者たちとは〕その方であり、そして自己愛そのものとなり、それは神の中にまったく存在することができない。なぜなら、これは神的な本質に完全に対立しているから。それゆえ、愛することと相互に愛されることが、本質的に神性の何もない他の者たちの中に存在する。そのことが神性による被造物の中に存在することは、後で見られる。しかし、存在するためには、無限の愛と一つとなっている無限の知恵が存在しなくてはならない。すなわち、神的な知恵からの神的な愛と神的な愛からの神的な知恵が存在しなくてならない(これについては前の34から39番)。
(4) のっぺらぼうな長島訳
ここの最後の部分の長島訳は以下のものです。
「神のみ力で被造物のうちに、このような愛が、はたしてあるかどうかは後述します。もしあるとすれば無限の英知になります。これは無限の愛と一つです。すなわち、神の〈英知の愛〉であり、神の〈愛の英知〉ということです。」
かつて「言語明瞭、意味不明」と言われたT首相がいました。これは「言語平易、意味不明」でしょうか。何とのっぺらぼうな文章ではありませんか(すなわち言葉だけが流れている)。何の味わいも感じません(味わいようがない)。スヴェーデンボリがこんな文章を書くはずがありません。肝心なニュアンスが全部ふっとんでいます。長島さんは「読者にわかりやすく(読みやすいように)訳すことを心がけた」と言われました。確かに言葉遣いなどは平易です、しかし、これでは××××××ではないのかと疑います(あまりに批判となるので伏字としました)。
(1) 原文
50. Ex perceptione et cognitione hujus arcani pendet perceptio et cognitio omnium existentiae seu creationis, tum omnium subsistentiae seu conservationis a Deo; hoc est, omnium operum Dei in universo creato; de quibus in sequentibus agendum est.
(2) 直訳
Ex perceptione et cognitione hujus arcani pendet perceptio et cognitio omnium existentiae seu creationis, tum omnium subsistentiae seu conservationis a Deo; このアルカナの知覚と認識に☆存在(するもの)のまたは創造のすべてのものの知覚と認識が吊り下げられる、さらに神による存続と維持のすべてのもの。
☆ pendo「依存する、~による、~によって決まる、~しだいだ」はex、ab、inをとります。
hoc est, omnium operum Dei in universo creato; すなわち、創造された宇宙の中の神のすべての働き。
de quibus in sequentibus agendum est. そのことについて、続くものの中で扱われる〔動形容詞・未来受動分詞〕。
(3) 訳文
50. 存在するものまたは創造のすべてのもの、さらに神による存続と維持のすべてのもの、すなわち、創造された宇宙の中の神のすべての働き、その知覚と認識は、このアルカナの知覚と認識によっている。そのことについて、続くものの中で扱われる。
(1) 原文
51. Sed quaeso, ne confundas ideas tuas cum tempore et cum spatio; quantum enim temporis et spatii est in ideis cum sequentia legis, tantum non intelligis illa: nam Divinum non est in tempore et spatio; quod clare videbitur in continuatione hujus operis, in specie de Aeternitate, Infinitate et de Omnipraesentia.
(2) 直訳
Sed quaeso, ne confundas ideas tuas cum tempore et cum spatio; しかし、願わくば(お願いします)、あなたがあなたの観念を時間とまた空間とで混乱させないように。
quantum enim temporis et spatii est in ideis cum sequentia legis, tantum non intelligis illa: なぜなら、どれだけ時間のものと空間のものが観念の中にあるか〔によって〕続くものをあなたが読むとき☆、それだけあなたはそれらを理解しないから。
☆ ここのcum sequentia legisをとんでもないことに長島訳は「一定の法則で物事が推移していくと思って」としています! legis(legoの二人称)をlexの属格「法則の」と解釈したのでしょう、それでそれに合わせてでたらめな文章をつくりあげています。前の30番でも「がまんのならない誤訳」と指摘しましたが、スヴェーデンボリはこのように読者に呼びかけていることがあります。
nam Divinum non est in tempore et spatio; なぜなら、神性は時間と空間の中にないから。
quod clare videbitur in continuatione hujus operis, in specie de Aeternitate, Infinitate et de Omnipraesentia. このことはこの著作の続きの中にはっきりと見られる、特に、永遠、無限についてと遍在について〔のことろで〕。
(3) 訳文
51. しかし、願わくば、あなたの観念を時間と空間とで混乱させないように。なぜなら、あなたが続くものを読むとき、観念の中に時間と空間があるかぎり、あなたはそれらを理解しないから。なぜなら、神性は時間と空間の中にないから。このことは、この著作の続きの中に特に、永遠、無限、遍在についてのことろで、はっきりと見られる。