[5] 「集められた彼らは、私たちがそれらの家の中に入ったことを聞いたとき、自分たちの間で言った、「彼らは、それらの少年のもとで何を〔するのか〕? 私たちは私たちの集団から彼らを追い出す者を送ろう」。
さらにまた、彼らは送った、また〔その者が〕やって来たとき、私たちに言った、「なぜ、あなたがたはそれらの家にどこから入ったのか? 私たちは、統制から、なたがたが去るように命令する」。
しかし、私たちは答えた、「あなたがたはそれを統制から命令することはできない。確かに、あなたがたはあなたがたの目の中でアナク人〔巨人族☆4〕のように、またここにいる者は、こびとのように見える、しかしそれでも、あなたがたは何もできない、おそらくここにあなたがたの三つの気晴らし(遊び)からの☆5欺瞞によってでないなら、これに権利を持たない、それはそれでも効力がない。それゆえ、あなたがたのもとに宗教があるかどうか、あるいはないか、視察するために、私たちが天界からここに送られたことを、あなたがたのもの〔仲間〕に報告せよ、また、もし、報告しないなら、この場所から、あなたがたを追い出す。
それゆえ、彼らにこのことを提出させよ、その中に教会と宗教の本質的なものそのものがある――どのように主の祈りの中のこれらのことばを理解するか――「天の中にいる私たちの父よ、あなたの名前が聖なるものとされる〔ように〕、あなたの王国が来る〔ように〕、あなたのみこころが天界の中のように、地でもまた行なわれるように」。
これらを聞いて、最初に彼らは、「これは何か」と言い、その後、「提出する〔=提出させよう〕」と言った。
彼らは行った、それらを自分たち〔の仲間〕に言った、その者は答えた、「その述べたこと(主題)は何か、またどんなものか」。
しかし、彼らは隠されたもの〔意図)を理解し、「それが父なる神への私たちの信仰への道を確信するものであるかどうか」知ることを欲した。
それゆえ、彼らは言った、「明確なことばであり、父なる神へ祈るべきである。また、キリストは私たちの仲介者であるので、子のために父なる神へ祈るべきである」。
またすぐに、彼らは憤りの中で、私たちに近づくこと、またそのことを面と向かって言うことを結論した――さらにまた、私たちの耳を引っ張ることを言った。
さらにまた彼らはその場所から出て、それらの中に教師とともに少年がいた近くにある彼らの家の場所に入った。その真ん中に闘技場のような高くなった平地(舞台)があった。そして手で握り合って、その平地(舞台)の中に入った、そこに私たちがいて、私たちは待ち望んでいた。
そこに塚のように土から〔盛り上がった〕芝生があった。それらの上に座った、なぜなら、自分たちの間で言ったから、「彼らの前で私たちは立つ、しかし、私たちは座る」。
その時、光の天使のように見られることができた彼らからのある者が、私たちに話すことを、他の者から押しつけられて、言った――
「あなたがたは私たちに、主の祈りの中の最初のことばについて、どのようにそれらを私たちが理解しているか私たちの心を私たちが明らかにするように、と申し出た。そこで、私はあなたがたに言う、私たちがそれらをこのように理解していること――父なる神に祈らなければならない。またキリストは私たちの仲介者であり、その方の功績によって私たちは救われるので、その方の中の功績への信仰から父なる神に祈らなければならない」。
[6] しかし、その時、私たちは彼らに言った、「私たちは天界のミカエルと呼ばれる社会から〔の者〕である。私たちは、その集まりの中のあなたがたに何らかの宗教があるか、あるいはないか。視察するために、また調べるために送られた。また、このことを私たちは、神についての質問によって以外に異なって知ることができない。というのは、神の観念が宗教のすべてのものの中に入っていて、それによって結合が生じ、また結合によって救いがあるからである。
私たちは天界の中で、地上の人間のように、毎日、その祈りを唱えている。またその時、父なる神について、見えないので、考え(思わ)ない。しかし、ご自分の神的人間性の中のその方について、この中に見ることができるので考える(思う)。またその方はこのこと〔神的人間性〕の中であなたがたによりキリストと呼ばれる、しかし、私たちにより主と呼ばれる。このように私たちの主は天界の中の父である。
主もまた教えられた、その方と父は一つであること。父はその方の中に、またその方は父の中にいること。また、その方を見る者は父を見ること。なおまた、その方によってでないなら。だれも父へやって来ないこと。そしてまた、その方を信じることが父のみこころであること。また、子を信じない者は、いのちを見ないこと、それどころか、神の怒りが彼の上にとどまること。それらから、その方によって、またその方の中で、神が近づけられることが明らかである。またそのようであるので、さらにまた、その方に天と地でのすべての力が与えられたことを〔主は〕教えられた。
その祈りの中で、「あなたの名前が聖なるものとされ、あなたの王国が来ますように」と言われている――私たちは、その方の神的人間性が父の名前であること、また主が直接に近づかれるとき、その時、父の王国が存在し、父なる神に間接的に〔近づく〕とき、まったく〔存在し〕ないことを。みことばから示した。それゆえ、主もまた弟子たちに、神の王国を宣べ伝えるように命じられた、またこれが神の王国である。