原典講読『啓示された黙示録』 第9章、個々の節の内容(訳文)

(3) 訳文

 1.「五の天使が(らっぱを)吹いた」は、改革派の教会の中の、仁愛から分離した信仰の、そして信仰のみによって義認と救いの確信から学識ある者と賢明な者と呼ばれる者の生活(いのち)の状態の調査と明示を意味する(419番)。

「また私は天から地上に落ちた星を見た」は、天界から彼らのもとの教会の中に流入して、調査するまた明示する神的真理を意味する(420番)。「またそれに深淵の穴の鍵が与えられた」は、彼らの地獄が開かれた〔こと〕を意味する(421番)。

 2.「また、深淵の穴が開かれた、また、深淵の穴から大きな炉の煙のような煙が上がった」は、自然的な人間の悪の愛からわき出てくる彼らの欲望の虚偽を意味する(422番)。「また、穴の煙から太陽と空気は暗くされた」は、ここから真理の光が暗黒であることを意味する(423番)。

 3.「また、煙から地上にイナゴが出て来た」は、感覚的なものになった、そしてすべてのものを感覚からまたその〔感覚の〕欺きから見る、また判断する者にあるような彼らからの最外部の中の虚偽を意味する(424番)。「また彼らに地のサソリが持つような力が与えられた」は、彼らの虚偽が真理であることを説得する力を意味する(425番)。

 4.「また、彼らに言われた、地の草を、青草もまた何も、木もまた何も害うな、だれでも自分の額の中に神の印を持たない人間だけでないなら」は、仁愛の中にいないまたここから信仰の中にいない者以外の他の者から、、信仰の何らかの善と真理を、それらの情愛と知覚も取り去ることができない、という主の神的摂理を意味する(426番)。

 5.「また彼らに、彼らを殺さないように、しかし、五カ月〔間〕苦しめるように許された」は、これらの者から真理と善を理解するまた意志する能力も取り去ることができないこと、しかし、単に短い時間まで麻痺を引き起こすことができることを意味する(427番)。「またその苦痛は人間を打つときのサソリのような苦痛」は、このことは彼らの間違った信念からである、を意味する(428番)。

 6.「また、それらの日々で人間は死を求める、それを見い出せない、また死を望む、死は彼らから逃げる」は、信仰の事柄の中で理解力が閉じられ、意志がふさがれることを欲すること、それによって霊的な光といのち(生活)が消され、それでもこのことは行なわれることができないことを意味する(429番)。

 7.「また、イナゴの似ているもの」は、自分自身のもとに仁愛から分離した信仰を確信した者の外観と映像を意味する(430番)。「戦いへ用意された馬に似ていた」は、推論することができるので、みことばからの真理の理解(力)から戦っているように自分自身に見えることを意味する(431番)。「またその頭の上に金に似た冠のようなもの〔があった〕」は、勝利者〔である〕ように自分自身に見えたことを意味する(432番)。「またそれらの顔は人間の顔のよう〔であった〕」は、賢明な者〔である〕ように自分自身に見えたことを意味する(433番)。

 8.「また、女の髪のような髪を持っていた」は、自分自身に真理への情愛の中に〔いる〕ように見えたことを意味する(434番)。「またそれらの歯はライオンのもののようであった」は、自然的な人間のいのちの最外部のものである感覚的なものが、彼らにすべてのものの上の力の中に〔あるように〕見えたことを意味する(435番)。

 9.「また、鉄の胸当てのような胸当てを持っていた」は、欺きからの論証を意味する、それによって戦う、また力があり、それは反駁することができないようにも彼らにこれほどに強く見える(426番)。「またそれらの翼の音は戦いの中へ突進する多くの馬の戦車の音のよう〔であった〕」は、みことば(の)十分な理解力からの教えの真理からのような、それらのために熱心に戦わなければならない彼らの誤まった推論を意味する(427番)。

 10.「またサソリに似た尾を持っていた」は、虚偽化されたみことばの真理を意味する、それによって麻痺を引き起こす(438番)。「またそれらの尾の中に針があった、またそれらに人間を五カ月〔間で〕害う力〔があった〕」は、みことばの虚偽化〔から〕の欺瞞を意味する、それによって短い時間まで、理解力を暗くし、魅了する、またこのように欺き、捕える(439番)。

 11.「また、自分たち自身の上に、深淵の御使い、王を持っていた、彼の名前はヘブル語でアバドン、またギリシア語の名前でアポリュオンを持っている」は、欲望からの虚偽の中にいる、また、みことばの全面的な虚偽化によって教会を滅ぼした(者の)サタンの地獄の中にいることを意味する(440番)。

 12.「一つのわざわいは通り過ぎた、見よ、この後。さらに二つのわざわいがやって来る」は、教会の状態の上のさらなる悲嘆を意味する(441番)。

 13, 14.「また、第六の天使が(らっぱを)吹いた」は、改革派の教会の中の、そのように賢明な者ではない、それでも宗教のすべてのものを信仰の中に置き、それらだけを考え、好みのままに生きる者のもとの生活(いのち)の状態の調査と明示を意味する(442番)。「また、私は神の前にある金の祭壇の四つの角(つの)から一つの声を聞いた、それ〔声〕が、らっぱを持っていた第六の天使に言った」は、調べられ、明らかにされる者への主による霊的な天界からの命令を意味する(443番)。「大きな川ユーフラテスに縛られている四人の御使いたちを解放せよ」は、彼らの心の内的なものが見られるように、外なる束縛が彼らから取り去られるために意味する(444番)。

 15.「また、四人の御使いたちは解放された」は、外なる束縛が取り除かれて、彼らの心の内的なものが見られたことを意味する(445番)。「人間の三分の一を殺すために、時間と日と月と年の中で用意された」は、教会の人間から霊的な光と生活(いのち)を取り去る絶え間のない努力の中にいる彼らを意味する(446番)。

 16.「騎手の軍勢の数は、二万の万(=億)〔であった〕」は、信仰のみついていの誤まった推論を意味する、まったくの悪の虚偽からのそれらで彼らの心の内的なものは豊富に満ちた(447番)。「また、私はそれらの数を聞いた」は彼らの性質が知覚された〔こと〕を意味する(448番)。

 17.「また、そのように、私は幻の中で馬を、またそれらの上に乗っている者を見た」は、その時、信仰のみについての彼らの心の端的なものの誤まった推論が想像上のものと幻想のもの、そしてそれらからの狂っているものそのものであったことが明かされた〔こと〕を意味する(449番)。「火、ヒヤシンス(石)と硫黄の胸当てを持っている」は、地獄の愛と自己知性からの、またここからの欲望からの想像上のものと幻想のものである彼らの論証を意味する(450番)。「また馬の頭はライオンの頭のよう〔である〕」は、信仰のみについて、力の中に〔ある〕かのようなの幻想を意味する(451番)。「また、彼らの口から火と煙と硫黄が出ていた」は、彼らの思考と談話(説教)の中に、内的に見られて、自己愛と世俗愛以外の何らかのものがなく、またそれらから、自己の知性の高慢が出てくる、そしてそれら二つのものからの悪と虚偽の欲望を意味する(452番)。

 18.「これらの三つのものにより、彼らの口から出ている火から、また煙から、また硫黄から人間の三分の一が殺された」は、教会の人間が滅びるのは、それらからであることを意味する(453番)。

 19.「また、彼らの力は彼らの口の中にあった」は、信仰を確信する談話(説教)だけに力があることを意味する(454番)。「なぜなら、彼らの尾は、頭を持っている、またそれら〔頭〕の中で害うヘビに似ていたからである」は、感覚的なものが存在すること、そして、口で真理を話して、しかしそれらを原理から虚偽化して、ひっくり返されている、それは彼らの宗教の(教えの)頭をつくっている、このように欺いている〔ことの〕原因〔であること〕を意味する、(455番)。

 20.「また、これらの災害の中で殺されなかった残りの人間」は、改革派の教会の中の、そのように幻想の誤まった推論から、また自己愛、自己の知性の高慢から、またここからの欲望から、前の者のように、霊的に死んでいない、またそれでも信仰のみを自分の宗教の頭につくっている者を意味する(456番)。「自分の手の働きからも悔い改めを行なわなかった」は、彼らもまたすべての種類の悪である自分のプロプリウム(固有のもの)を罪として避けなかったことを意味する(457番)。「ダイモーン(悪霊)を崇拝しなかったために」は、このように自分の欲望の悪の中にいて、地獄の中の似た者と一つのものとなっていることを意味する(458番)。「また金や銀のまた銅や石や木の偶像を」は、このようにまったくの虚偽からの礼拝の中にいることを意味する(459番)。「それらは見ることもできない、聞くこともできない、歩くこともできない」は、それらの中に霊的な生活(いのち)と理性的な真理は何もない〔こと〕を意味する(460番)。

 21.「また、自分の殺人から、自分の魔術からも、自分の淫行からも、自分の盗みからも悔い改めを行なわなかった」は、信仰のみについての異端が、十戒の戒めについて何らかのものを、また、悪魔とともにあり、神に対立しているので避けなければならない罪についてさえも、何も考えないような、愚鈍、不本意(気が進まないこと)また頑固さを心で引き起こすことを意味する(461番)。

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