(3) 訳文
102. この地獄の中の多くの部分に、あさましいほどに貪欲であったユダヤ人たちがいる。彼らの居合すこともまた、他の霊にやって来るとき、ネズミの悪臭から感じられる。
ユダヤ人について、彼らの状態は、すなわち、あさましいほどに貪欲であった、また生来の高慢から自分自身よりも他の者を軽蔑し、自分自身だけを選ばれた者であると思っていた彼らの状態は、死後、悲惨であるので、彼らの都、また荒野の中の強盗について、物語ることが許されている。
[2] 彼らはいのちが身体のにあったときの幻想から、「新しいエルサレム」によって天地の中の主の王国が意味されることを知ろうとしないで、エルサレムにやって来ること、またそこに聖地の中で、それを所有する考えをいだき、自分自に確信し、来世にやって来る時、ゲヘナの左の少し前方に、彼らに都が見られ、その中に密集して到着する。しかし、その都は泥深くて悪臭を放ち、それゆえ、汚れたエルサレムと呼ばれる。そこの街路を通って、くるぶしの上まで泥と汚物の中を、不平を言い、嘆き叫んで、駆けまわる。
私は都を、さらにまた街路を、目で見た。彼らにこのようなものの表象が、明らかな日の光の中のようにある。私もまた数回、〔その〕都を見た。
[3] 身分の低い者が、この汚れたエルサレムにやって来るのが私に見られた。門はあたかも開かれているようだった。彼のまわりに、特に彼の左に、さ迷う星があった。霊のまわりのさ迷う星は霊界の中で虚偽を意味する。星がさ迷っていない時は異なっている。私に近づき、私の左耳の上から寄り添い、あたかも口で私と話すかのように耳に触れた。しかし、他の者のように聞こえる声で話さなかった、けれども、内部で、自分自身の中で、それでもなお、私が聞き、私が理解するように〔話した〕。彼は、〔自分が〕ユダヤ人のラビであり、長い期間、その泥深い都の中にいた、街路には泥と汚物でないなら、そこに食べるべき何もない、また汚物以外の食べられる他の食べ物はない、と言った。
[4] 私は、霊であるのに、なぜこのように食べたがるのか質問した。彼は、食べたこと、また食べたいとき、自分に汚物以外に何も提供されない、それゆえ、大いに嘆き悲しむ、と言った。そこで彼は、アブラハム、イサク、またヤコブを見つけることができないことを言って、何をしたらよいか質問した。私は彼に、彼らについて何らかのことを、また求めることはむだであり、また見つけた時、まったく何も助けを行なうことができないこと、ほかにもさらに秘義であることを述べた。私は、主おひとり以外に他の者を決して求めてはならないこと、その方は〔あなたが〕生活(いのち)の中で軽蔑したメシアであること、またその方は全天地を支配されること、また他の助けは何もないことを言った。
彼は、切望して数回、どこにいるか質問した。
私は、どこでにも見つかること、またすべての者〔の言うことを〕を聞き、また知られることを言った。しかし、その時、彼を他のユダヤ人の霊が引き戻した。