(3) 訳文
139 味覚は、知覚と知り、理解し、また賢明になる情愛に対応し、またその情愛は人間のいのちの中にあるので、それゆえ、何らかの霊と天使が人間の味覚の中に流入することは許されない。なぜなら、このことは彼に固有のものであるいのちの中に流入することになるから。それでも、他のものよりも有害な地獄の群れから〔出て〕さまよう霊がいる。 その者は害そうとする理由でいのちが身体の中にあったとき人間の情愛の中に入ることを吸収し、来世でもまたその欲望を保持したので、すべての方法で人間のもとの味覚に入ることに専念し、その中に入るとき、彼の内的なものを、すなわち、彼の思考と情愛のいのちを思いのままにする。なぜなら、言われたように、対応し、対応するものは、一つのものとして活動するから。彼らにより、非常に多くの者が、今日、思いのままにされている。というのは、今日、内的な取りつくことがあるから、けれども以前のように外的にでない。
[2] 内的な取りつくことはこのような者からであった。またどのような者であるか、もし思考と情愛に、特に、内的な意図に留意されるなら明らかにすることができる。〔彼らは〕それら〔の意図〕を明らかにすることを恐れているが、それらはある者のもとで、外なる束縛で抑制されないなら、それらは名誉、富、評判、生命と法律への恐れであるが、取りつかれている者よりもさらに、殺人と強奪の中に突進するほどにも狂う。人間のこのような内的なものに取りつくそれらの霊がだれでどんなものであるかは、1983番に見られる。
[3] このことがどのようであるか私が知るように、彼らは、私のもとの味覚の中に入ることを試みるよう許され、そのこともまた最大の熱意で努力した。またその時、私に、もし味覚の中にまでも浸透するなら、内的なものもまた思いのままにすると言われた。その理由は、対応によって味覚がそれらの内的なものに依存するからである。しかし、このことは、どのように味覚に対応するか私が知る目的のためだけに許された。というのは、直ちにここから追い払われたから。
[4] それらの有害な霊は、特に内なるすべての束縛を解き放つよう試みる。それら〔の束縛と〕は、善と真理、公正と平等の情愛であり、神的な律法への恐れ、社会と祖国を害する恥である。それらの内なる束縛が解き放たれる時、人間はこのようなものに取りつかれる。このように執拗さによって自分たちを内的なものの中に引き入れることができないとき、魔術の技巧によって試みる。それらは来世の中に多くのものがあるが、世ではまったく知られていない。これらによって人間のもとの記憶知をゆがめ、また醜い欲望に好意が持たれるものだけを適用する。このような包囲を、人間は善の情愛の中に、またここから主への信仰の中にいないなら、避けることができない。
[5] どのように追い払われるかもまた示された。すなわち、頭と脳の内的なものに向けて自分たちが浸透していると考えたとき、そこの排泄物の経路を通って、またここから外なる皮膚に向けて運ばれるのである。また私は、その後、分解された不潔なものでいっぱいの穴の中に投げ込まれるのを見た。私は、このような霊が、疥癬(かいせん)のある最も外部の皮膚の中の不潔な小さい穴に、したがって疥癬に対応する、と知らされた。