(3) 訳文
[3] 彼とその後、分析的なもの知識について話し、小さな少年が半時間で、もっと哲学的に、分析的に、また論理的に話す、と言うことが与えられた。それ〔知識〕を、彼は書物によって述べることができる。その理由は、人間の思考のすべてのものとそこからの話しは、それらの法則が霊界からの分析的なものであるからである。また、術語から技巧的に考えることを欲する者は、繊維と筋肉の運動の知識から踊ることを学ぶことを欲する踊る人に似ていないこともない、もしアニムスがその〔知識〕にしがみつくなら、踊る時、足をほとんど動かすことができない。それでも、彼は、その知識なしに全身のまわりに散在するすべての運動繊維を、肺、横隔膜、わき腹、腕、首、またその他のものを動かしている。それらのすべてのものを述べるなら、その書物は足りない。術語から考えることを欲する者もまた同様である。これらを、彼は、もしその道(方法)が学んで獲得されるなら、〔彼らは〕逆の順序で進む、と言って是認した。加えて〔言った〕、もし、だれかが愚かであることを欲するなら、このように進であろう、しかし、役立ちについて、また内的なものから常に考えなくてはならない。
[4] その後、私に、「最高の神」についてどのような観念をもっているか、すなわち、自分自身に「その者」を、頭のまわりを輝く円で取り巻いた人間の顔で表象し、また今や、主がその人間そのものであること、また輝く円はその方からの神性であり、天界の中だけでなく、全世界の中にもまた流入すること、そしてそれらを統制し、支配することを知っていること、天界を統制し、支配する者は、一つはもう一つから分離されることができないので、全世界もまた統制し、支配することを言いたして、を示した。そしてまた、ひとりの神だけを信じたこと、その属性と特質は、他の神々とそれと同数のそれだけ多くの名前で崇拝されて、区別された、と言った。