(3) 訳文
130 聴覚に対応する、すなわち、耳の領域を構成する霊は、単純な従順の中にいる者である、すなわち、そのようであるかどうか推論しない、しかし、そのようであることを他の者から言われるので、そのようであることを信じる者である。ここから、「従順」と呼ばれることができる。彼らがこのような者であるのは、聴覚が話すことに対して、受動的なものがその活動原理に対するかのように、このように話すことを聞き、また満足する者のように振る舞うからである。ここからもまた普通の会話(一般に言われていること)の中で、「ある者に聞いていること」は従順であることであり、また「声を聞くこと)」は従順になる(従う)ことである。というのは、人間の会話の内的なものは、多くの部分に関して、対応から、人間の霊は来世の中に霊たちの間にいて、そこで考えるという理由から、起源を得たからである。そのことを人間はまったく知らない、また物質的(形体的)な人間は知ることを欲しもしない。
耳に対応する霊たちに多くの相違がある、すなわち、その機能と職務である。そこには個々の小さい器官に関係する者がいる。すなわち、外なる耳に関係する者、鼓膜と呼ばれるそこの膜に関係する者、窓と言われる内的な膜に関係する者、槌(つい)骨、鐙(とう)骨(あぶみ骨)、砧(ちん)骨(きぬた骨)、円筒、蝸牛に関係する者、またさらに内的なものに関係する者がいる。それでも霊により近いもの物質に関係する者、またついににそれら霊の中にあるものに関係する者、また最後に内部で、それらと結合され、内的な視覚に関連する者がいる。彼らからは、このように識別するが、しかし彼らに許して同意することによって区別される。