(1) 原文「4413番」
98 Quod lux caeli in se habeat intelligentiam et sapientiam et quod sit intelligentia veri et sapientia boni a Domino, quae coram oculis angelorum {1} ut lux apparet, per vivam experientiam mihi scire datum est; elevatus sum in lucem quae scintillabat sicut lux radiosa ex adamantibus; in qua cum tenerer, visus sum mihi abduci ab ideis corporeis ac induci in ideas spirituales ac ita in illa quae sunt intelligentiae veri et boni; ideae cogitationis quae a luce mundi suam originem traxerunt, apparebant tunc a me remotae et quasi ad me non pertinentes, tametsi obscure aderant: inde nosse datum, quod quantum homo in lucem illam venit, tantum in intelligentiam: inde est quod [quo] intelligentiores angeli sunt, eo in majore et illustriore luce sint {2}.
@1 i in caelis @2 i inde etiam vocantur lucis angeli
(2) 直訳
98 Quod lux caeli in se habeat intelligentiam et sapientiam et quod sit intelligentia veri et sapientia boni a Domino, quae coram oculis angelorum {1} ut lux apparet, per vivam experientiam mihi scire datum est; 天界の光はそれ自体の中に知性と知恵を持っていること、また真理の知性と善の知恵は主からであること、それらは天使たちの目の前に光のように見られる、生き生きとした経験から私に知ることが与えられた。
elevatus sum in lucem quae scintillabat sicut lux radiosa ex adamantibus; 私は光の中に上げられた、それはダイヤモンドから輝く光のようにきらめいた。
in qua cum tenerer, visus sum mihi abduci ab ideis corporeis ac induci in ideas spirituales ac ita in illa quae sunt intelligentiae veri et boni; その〔光の〕中に私が保たれたとき、視覚は私に身体の観念から引き出された、そして霊的な観念の中に引き入れられた、そしてこのようにそれらの中に、それらは真理と善の知性のものである。
ideae cogitationis quae a luce mundi suam originem traxerunt, apparebant tunc a me remotae et quasi ad me non pertinentes, tametsi obscure aderant: 思考の観念は、それは世の光からその起源を得た、その時、私から遠く離れたものに見えた、またあたかも私に属さないもののように、たとえ暗く現存していたにしても。
inde nosse datum, quod quantum homo in lucem illam venit, tantum in intelligentiam: ここから知ることが与えられた、どれだけ人間がその光の中にやって来るか〔によって〕、それだけ知性の中に。
inde est quod [quo] intelligentiores angeli sunt, eo in majore et illustriore luce sint {2}. ここからである、
@1 i in caelis 注1 in calisを補うとよい
@2 i inde etiam vocantur lucis angeli 注2 inde etiam vocantur lucis angeliを補うとよい
(3) 訳文
98 天界の光はそれ自体の中に知性と知恵を持っていること、また真理の知性と善の知恵は主からであり、それらは天使たちの目の前に光のように見られることが生き生きとした経験から私に知ることが与えられた。私はダイヤモンドから輝く光のようにきらめいた光の中に上げられた。私がその光の中に保たれたとき、視覚は私の身体の観念から引き出され、そして霊的な観念の中に、このように真理と善の知性に属するものの中に引き入れられた。起源が世の光からのものである思考の観念は、その時、たとえ暗く現存していたにしても、私から遠く離れたものに、またあたかも私に属さないもののように見えた。ここから、人間がその光の中にやって来くれば来るほど、それだけ知性の中にやって来ることを知ることが与えられた。
(4) 雑談:『レキシコン』の完成、また使用
本日、印刷会社「一粒社」から『レキシコン』が送られてきた。私の10年来の労作である。そしてその出来栄えにわれながら満足した。すぐにスヴェーデンボリ出版から発売されるだろう。購入してみれば私のセンスが随所に見られるであろう。すべて私が入力し、そのままの形のものを印刷会社が本とした。手にした者は「驚くであろう」と心の内で思っている(この原典講読そのものも、ある意味、驚くべきものであると自負している)。
また来る30日夕刻は東京駅近くのホテルで「スヴェーデンボリ出版」を祝う会が開かれる。この祝賀会はスヴェーデンボリ出版の設立とその出版を祝う会である。その会で祝福されるにふさわしい出版物となった。そこで私は、率直に「うれしい」、そして「果報者である」、とこの二つを祝賀会で述べよう(もちろん、皆様方への感謝も)。
この『レキシコン』の最初の使用者は、当然ながら、たった今、この個所をこの辞書を使って翻訳をし終えた私である。30日の船堀での礼拝では3名の方に贈呈する。
レキシコンの完成おめでとうございます。
私もこの原典講読によって翻訳を志し、手持ちのレキシコンで毎日少しずつ訳しています。
まだ訳し始めたところですが、やはり原典を読むことは有意義だと実感しています。
新しいレキシコンの発売を楽しみに待っています。