今日から『天界の秘義』の「付録」の部分を学び始めます。付録というと雑誌などの「おまけ」のような気がしますが「主要なものに添えられたもの、本文を補足する目的などで添えられたもの」という意味です。そして、スヴェーデンボリは本論である「創世記」「出エジプト記」の内意の講解である、その各章の前後に「付録」を述べています。そして、その記事を、その後、『宇宙間の諸地球』『新しいエルサレムとその天界の教え』などのように、単独の本としたものがあります。
そうした記事の一つが「最大の人とその対応」です。これは単独の本としてまとめられていません(英訳書はドール博士『the Universal Human and Soul-Body Interaciton』(1984)があります、これは本講座よりもっと広い範囲の創世記第23章の部分から述べています。ただ私はその本を持っていません)。
類書がないので、「最大の人」について学ぶには創世記第27章から第43章までを飛び飛びに読まなければなりません。一つにまとめてあれば読みやすいでしょう、また『天界の秘義』は大作すぎるので、敬遠してしまいます、また途中で中断してしまう人も多いでしょう。それで、ひとまとめする価値があると思いました。
スヴェーデンボリの著述にならって通し番号を振ってみました。1~262でした。『宇宙間の諸地球』が178なのでそれよりも長く『新しいエルサレムとその天界の教え』1~325にせまるぐらい分量の本になりそうです。
使用した定本は第三版で、現行のものです(EDITIO TERTIA Londinii 1949~1973)。第一巻が1949年第八巻が1973年と出版に20年以上かかっていますので、当然途中で編集者も代わっています。私がお会いしたことのあるエリック・サンドストローム師(バス主教の義父)は全巻に関わっています。
正誤表(引用番号などの間違い、スペルミスなど)も付いていますが、ここでは省略します。ただし、脚注は全部掲載しました。わずわらしくてもいろいろなことがわかると思うからです。
脚注で「初版」はスヴェーデンボリ自身によるもの(1749~1756)、たまに言及されますが第二版はターフェルによるものです(1833~1842)、また写真版の「自筆原稿」もあり、これはしばしば言及されます。
(1) 最初の標題(見出し)と脚注
{1}De Correspondentia omnium Organorum et Membrorum tam interiorum quam exteriorum hominis, cum Maximo Homine, qui est Caelum
@1 Three earlier titles are deleted: (1)De Maximo Homine, et ejus correspondentia; (2)De Maximo Homine, et correspondentia omnium Partium corporis humani tam interiorum quam exteriorum cum illo; (3)De Correspondentia omnium Partium hominis cum Maximo Homine, qui est Caelum.
(2) 直訳
{1}De Correspondentia omnium Organorum et Membrorum tam interiorum quam exteriorum hominis, cum Maximo Homine, qui est Caelum すべての器官と四肢の対応について、人間の内的なものの外的なものも、最大の人と、それは天界である
@1 Three earlier titles are deleted: 注1 三つの初期の題名が消されている――☆
☆ 脚注のやり方です。本文中に{1}の記号で脚注があることを示します、そして@1でその内容を述べます。イタリック体は英語です。また略号も 英語です。
(1)De Maximo Homine, et ejus correspondentia; (1) 最大の人について、またその対応☆
☆ これを本講座の題名として用います。
(2)De Maximo Homine, et correspondentia omnium Partium corporis humani tam interiorum quam exteriorum cum illo; (2) 最大の人について、また人間の身体のすべての部分との対応、内なるものも外なるものも、それと。
(3)De Correspondentia omnium Partium hominis cum Maximo Homine, qui est Caelum. (3) 人間☆のすべての部分との対応について、最大の人☆と、それは天界である。
☆ 私がhomoを人間と人と使い分けて訳していることについて(4)で述べます。
(3) 訳文 各自で考えてみてください。
「本の題名」としては一番あっさりとしている(1)がよいと思います、「見出し」としては内容的にスヴェーデンボリが最終的に決めたものがぴったりします。
(4) 訳語としての「人間」と「人」
最初は私も「最大の人間」としました。普通に訳せばこうなります。実際に『天界と地獄』ではそう訳しました(次の改訂版では「最大の人」に変えます)。
理由は「内なる人」「外なる人」と同じです。「内なる人間」ではどうもピンときません。それで、一般的な人間(無色の人間)を「人間」と訳し、何らかの属性をもった人間(色のついた人間)を「~の人」と区別することにしました。その境界線がはっきりしないこともありますが、だいたい、私なりの区別はできそうです。「宗教的な人間」と言えば、人間に比重を置いて、その人が(たまたま)宗教的であることもある場合を含めます。「宗教的な人」は、ある人に宗教が属性としてしっかり結びついている、その人のことです。「悪い人間」と「悪い人」も同じです。この場合、「い」をとればもっとはっきりします、すなわち「悪人」です。でも、ある人をどちらとするかは主観が入ることになり、境界線がはっきりしなくなることもあります。この基準から「最大の人」という言い方がよい、となります。「い」を取るとちょっと変なので(すなわち「最大人」)やめました。