(2) 直訳
[3.] Tertium: [3.] 第三:
De illis qui propter mundana non cogitant de peccatis, et inde illa non sciunt. 世俗的な(ものの)ために罪について考えず、ここからそれらを知らない者について。
Sunt qui mundum super omnia amant, et non admittunt aliquod verum quod ab aliquo falso religionis eorum abducat; 世をすべてにまさって愛する者がいる☆1、また何らかの真理を許容しない、それは彼らの宗教の虚偽から導き出す☆2。
☆1 この文面からはこのように訳せますが、文脈からは「彼らは~者である」です。
☆2 補足・解説します。その真理によって自分たちの宗教の虚偽(ここではある種の悪を罪としないこと)から導き出されるのですが、その真理を認めない者がいる、ということです。
dicentes secum, “Quid mihi hoc? Non meae cogitationis est.” 自分自身に言って、「これは私に〔取って〕何か? 私の思考のものではない☆」。
☆ 属格の意味は「~に属する」です。「私の思考に属さない」→「私の考えることではない」となります。
Ita rejiciunt id illico cum audiunt, et si audiunt, id suffocant. このようにそれをただちに退ける、聞くとき、またもし聞くなら、それを窒息させる(ふさぐ)。
Iidem paene similiter faciunt cum audiunt praedicationes; 同じことをほとんど同様に行なう、説教を聞くとき。
ex illis non plus retinent quam aliquas voces, et non aliquam rem. それらから何らかの言葉よりも多く心に留めない、また何らかの事柄(主題、事実)でなく。
Quia ita cum veris faciunt, ideo non sciunt quid bonum, unum enim agunt, et ex bono quod non est ex vero, non cognoscitur malum, nisi ut quoque dicatur bonum, quod fit per ratiocinia ex falsis. このように真理に行なうので、それゆえ、何が善か知らない、というのは〔真理は善と〕一つとして働くから、善から、真理からでないこと、悪は知られない、善と言われるようにしてもまた〔知られ〕ないなら、このこと☆は虚偽からの論証によってなされる。
☆ やはり文が込み入っています。「このこと」とは最初の「何が善かわからなくなる」ことでしょう。
Hi sunt qui intelliguntur per semina quae ceciderunt inter spinas, de quibus ita Dominus: これらの者である、種によって意味される者、それはいばらの間に落ちた、彼らについてそのように主は、
“Alia.. semina ceciderunt inter spinas; 「別の…種は、いばらの中に落ちた。
et ascenderunt spinae, et suffocarunt illa… またいばらが成長し(伸びて)、それをふだいだ…
Hi sunt qui Verbum audiunt, sed cura saeculi hujus et fraus divitiarum suffocat Verbum, ut infrugiferum fiat” (Matth. xiii. 7, 22; Marc. iv. 7, [1]19; Luc. viii. 7, 14). これらの者である、みことばを聞く者、しかしこの世の心配(関心事)と富のごまかしがみことばをふさぐ、実を結ばないようにする」(マタイ13:7, 22;マルコ4:7, 19;ルカ7, 14)。
[4.] Quartum: [4.] 第四:
De illis, qui favent peccatis, et ideo non possunt scire illa. 彼らについて、罪に賛同し、それゆえ、それらを知ることができない者。
Hi sunt qui agnoscunt Deum, et Ipsum secundum ritus solennes colunt, et apud se confirmant, quod aliquod malum, quod est peccatum, non sit peccatum; これらの者は神を認める者である、またその方を習慣的な儀式にしたがって礼拝する、また自分自身のもとで確信する、何らかの悪を、それが罪である、また罪でない。
infucant enim id per fallacias et apparentias, et sic enormitatem ejus abscondunt; というのは、それを欺きと外観で偽装するから、またこのように彼の極悪を隠す。
quod cum fecerunt, favent ei, ac id sibi amicum et familiare reddunt. 行なうとき、それに賛同する、そしてそれを自分自身に友や親しい者とする(戻す)。
Dicitur quod illi hoc faciant, qui Deum agnoscunt, quia alii non aliquod malum pro peccato reputant, omne enim peccatum est contra Deum. 彼らがこのことを行なう、その者は神を認める、と言われる、他の者たちは何らかの悪を罪として見なす〔ことが〕ないので、というのは、すべての罪は神に反しているから。
☆ 文が込み入っています。別の言い方をしてみれば、「何らかの悪を罪として認めない者もいるので、神を認める者の中にもその悪を行なう者がいる、それでもどんな罪も神に反するものである」。
Sed exempla illustrent. しかし、例が説明する(未来)。
Malum non peccatum facit lucri cupidus, qui aliquas defraudationis species, ex rationibus, quas excogitat, licitas reddit: 利益の欲望は悪を罪でないとする、その者は何らかの詐欺の種類を、論証から、それを考え出す、許されるものにする。
similiter facit, qui vindictam contra inimicos apud se confirmat; 同様に行なう、その者は復讐を敵に対して、自分自身のもとで確信する。
et qui depraedationes illorum qui non hostes sunt in bellis. またその者は彼らの略奪に、その者は戦いの中の敵でない。
(3) 訳文
278[Secundo].
[3.] 第三:「世俗的な(ものの)ために罪について考えず、ここからそれらを知らない者について」
世をすべてにまさって愛する者、自分たちを宗教の虚偽から導き出す何らかの真理を許容しない者がいる。自分自身に、「これは私に〔取って〕何か? 私の考えることではない」と言って、聞くとき、このようにそれをただちに退け、またもし聞くなら、それを窒息させる。
説教を聞くときも、同じことをほとんど同様に行なう。何らかの主題でなく、それらから何らかの言葉以上の多くのものは心に留めない。このように真理に行なうので、それゆえ、何が善か知らない、というのは〔真理は善と〕一つとして働き、真理からでなく、善と言われるようにしなくては、善から悪は知られないから。この〔知られなくなる〕ことは虚偽からの論証によってなされる。
これらの者が、いばらの間に落ちた種によって意味される者であり、彼らについて主は次のように〔言われている〕、
「別の…種は、いばらの中に落ちた。いばらが成長し、それをふだいだ…。これらの者が、みことばを聞くが、この世の関心事と富のごまかしが、みことばをふさぎ、実を結ばないようにする者である」(マタイ13:7, 22;マルコ4:7, 19;ルカ7, 14)。
[4.] 第四:「罪に賛同し、それゆえ、それらを知ることができない者について」
これらの者は神を認め、またその方を習慣的な儀式にしたがって礼拝し、また自分自身のもとで、何らかの悪を、それが罪であり、また罪でないと確信する者である。というのは、それを欺きと外観で偽装、またこのように彼の極悪を隠するから。〔このことを〕行なうとき、それに賛同し、そしてそれを自分自身に〔とって〕友や親しい者とする。神を認める者がこのことを行なう、と言われるのは、他の者たちは何らかの悪を罪として見なす〔ことが〕ないからである、というのは、すべての罪は神に反しているから。
しかし、例で説明しよう。
利益の欲望は悪を罪でないとし、〔その欲望をもつ〕者は何らかの種類の詐欺を、考え出した論証から、許されるものにする。
同様に、その者は復讐を敵に対して、自分自身のもとで確信して、行なう。またその者は、戦いの中で敵でない者の略奪も〔行なう〕。