原典講読『霊界体験記』 3928~3931

(1) 原文

3928. Qui puniti, erant ii qui altissime supra caput, qui se vocabant principes, papas, et spiritum sanctum, et qui summe indignati, cum dicerem iis quod sint doli et malitiae, et quicunque fuissent in vita corporis, quod cum doli et malitiae, inter tales sunt, et vilissimi, quos ii rejicerent ut maleficos, quare ii cum talia patrant, tales sunt, quia in altera vita nullus est respectus personarum, spectatur [quisque]{1} ex iis quae apud eum qualis est.

@1 sic J.F.I. Tafel

 

(2) 直訳

3928. Qui puniti, erant ii qui altissime supra caput, 罰せられた者たちは、彼らであった、その者たちは頭の上方の最も高いところに〔いた〕、

qui se vocabant principes, papas, et spiritum sanctum, その者たちは自分自身を君主(先導者)、教皇、また、聖霊と呼んだ、

et qui summe indignati, cum dicerem iis quod sint doli et malitiae, またその者たちは最高度に憤慨した、私が彼らに言ったとき、彼らが狡猾な者また悪意ある者であること、

et quicunque fuissent in vita corporis, quod cum doli et malitiae, またそれぞれの者が身体のいのちの中で~であった、狡猾な者また悪意ある者とともに〔いた〕こと、

inter tales sunt, et vilissimi, quos ii rejicerent ut maleficos, このような者の間にいる、また最も卑しい者たち、それらの者を、彼らは悪を行なう者として追い払う、

quare ii cum talia patrant, tales sunt, それゆえ、彼らは〔来世で☆〕このようことをなし遂げるとき、〔来世でも☆〕このような者である、

☆ このような言葉を補わないと意味がくみ取りづらくなります、また意訳も可能でしょう。

quia in altera vita nullus est respectus personarum, 来世の中で人物の考慮(関心・尊敬)は何もないからである、

spectatur [quisque]{1} ex iis quae apud eum qualis est. 〔それぞれの者が〕それらから眺められる(考慮される)、それらは彼らのもとでどんなものであるか。

 

(3) 訳文

3928. 罰せられた者たちは、頭の上方の最も高いところにいた者たちであった。その者たちは自分自身を君主、教皇、聖霊と呼んだ。その者たちは、私が彼らに、彼らが狡猾な者や悪意ある者であり、だれもがいのちが身体の中にあるとき、狡猾な者や悪意ある者とともにいたと言ったとき、最高度に憤慨した。このような者の間に、また最も卑しい者たちの間にいる者を、彼らは悪を行なう者として追い払う。それゆえ、彼らは〔来世で〕このようことをなし遂げるとき、〔来世でも〕このような者である。来世で人物は何も考慮されないからである、〔それぞれの者が〕彼らのもとでどんなものであるか、それらから考慮される。

 

(1) 原文

3929. Venit quidam ad me post punitionem, cum quo dicere datum, plura, quod malitiae et doli tales ita puniantur, et quod putent se spiritum sanctum esse, et principes ac papas, hoc eo pejus est{1}, cum tales, sive haec sive alia [sint]; loqui datum contra dignitatem eorum, angelis supra caput moderantibus loquelam, quod quia contra dignitatem, et ii ad aurem dextram loquuti crasse, sicut crassae ideae, tunc non subtiliter, iis erat castigatio, et exhortatio inde ne talia facerent, sic emendationis causa, nam apud me non sensi animum puniendi aut castigandi, sed loquendi cum iis, quasi extra me percepi, quod hoc iis grave esset.

@1 ms. ejus (cf. indicem ad Dolus et Imperare)

 

(2) 直訳

3929. Venit quidam ad me post punitionem, ある者が、私へ、罰の後、やって来た、

cum quo dicere datum, plura, quod malitiae et doli tales ita puniantur, その者に〔私は〕言うことが与えられた、多くのことを、このような悪意ある者と狡猾な者がそのように罰せられること、

et quod putent se spiritum sanctum esse, et principes ac papas, また自分自身を聖霊であることを思っていること、また君主(先導者)そして教皇、

hoc eo pejus est{1}, cum tales, sive haec sive alia [sint]; このことがそれだけさらに悪い、このような者〔である〕とき、あるいはこの者あるいは他の者。

loqui datum contra dignitatem eorum, 話すことが〔私に〕与えられた、彼らの地位(尊厳)に反して、

angelis supra caput moderantibus loquelam, quod quia contra dignitatem, 頭の上方の天使たちは〔私の〕話しを抑制して〔いた〕、それが地位(尊厳)に反して〔いた〕からである、

et ii ad aurem dextram loquuti crasse, sicut crassae ideae, また、彼らは〔私の〕右の耳へ粗野に話した、粗野な観念のように、

tunc non subtiliter, iis erat castigatio, et exhortatio inde ne talia facerent, sic emendationis causa, その時、鋭敏にでなく、彼らに叱責があった、またここから勧告が、このようなことを行なわないように、このように矯正の理由で、

nam apud me non sensi animum puniendi aut castigandi, sed loquendi cum iis, なぜなら、私のもとに、私は罰しようまたは叱責しよう心を感じなかった(つもりがなかった)からである、しかし、彼らと話そうとする、

quasi extra me percepi, quod hoc iis grave esset. いわば私の外に私は知覚した、このことが彼らの重苦しいものであったこと。

 

(3) 訳文

3929. 罰の後、ある者が、私へやって来た。その者に〔私は〕多くのことを言うことが与えられた――このような悪意ある者と狡猾な者がそのように罰せられること、また自分自身を聖霊、君主、そして教皇であることを思っていること、この者あるいは他の者がこのような者であるとき、それだけさらに悪い。〔私に〕彼らの地位に反して話すことが与えられた、頭の上方の天使たちは〔私の〕話しを抑制していた、それが地位に反していたからである。また、彼らは〔私の〕右の耳へ粗野に、鋭敏にではなく、粗野な観念のように話した。その時、このようなことを行なわないように、このように矯正の理由で、彼らに叱責が、またここから勧告があった。なぜなら、私には、罰しようまたは叱責しようとするつもりがなく、彼らと話そうとする気持ちがあったからである。このことが彼らの重苦しいものであったことを、私はいわば私の外に知覚した。

 

(1) 原文

3930. Sentita eorum operatio, quod esset in ossa pubis sinistra, quibus infligebant dolorem per operationes.

 

(2) 直訳

3930. Sentita eorum operatio, quod esset in ossa pubis sinistra, 彼らの働き(活動)が〔私に〕感じられた、それは左の恥骨(陰部の骨)の中にであった、

quibus infligebant dolorem per operationes. それらに苦痛を与えた、働き(活動)によって。

 

(3) 訳文

3930. 〔私に〕彼らの活動が感じられ、それは左の恥骨の中であった、その活動によってそれらに苦痛が与えられた。

 

(1) 原文

3931. Ostensa sunt eorum habitacula, quae sunt camerae absque lecto, ex lapide vulgari griseo, ut vocatur, structa, sicut solent videri rudera templorum ex talibus saxis, fassi quod in talibus habitent.

 

(2) 直訳

3931. Ostensa sunt eorum habitacula, 彼らの住まいが示された、

quae sunt camerae absque lecto, ex lapide vulgari griseo, ut vocatur, それらは寝床なしの部屋である、普通の灰色の石から〔できた〕、呼ばれるように(いわゆる)、

structa, sicut solent videri rudera templorum ex talibus saxis, できていた、神殿のがれきによく見られるように、このような石から、

fassi quod in talibus habitent. 〔彼らは〕認めた、このようなものの中に住んでいること。

 

(3) 訳文

3931. 彼らの住まいが示された。それらは寝床なしの部屋であり、普通の灰色の石から、いわゆる神殿のがれきによく見られるような石からできていた。〔彼らは〕このようなものの中に住んでいることを認めた。

原典講読『霊界体験記』 3932

(1) 原文

3932. Perceptum quod malitia cum ad summum venit, quod tunc se praecipitent in poenas{1}, nam toleratur usque ad summum, tunc perit aequilibrium, et sic praecipitant se, redigunturque ad aequilibrium, et si per poenas ad aequilibrium non redigi se patiuntur, tunc conjiciuntur ad infernum, ut ibi vastentur. 1748, 9 Nov.

@1 imperfectum in ms.

 

(2) 直訳

3932. Perceptum quod malitia cum ad summum venit, 〔私に〕知覚された、〔彼らの〕悪意が最高点へやって来ること、

quod tunc se praecipitent in poenas{1}, その時、自分自身を罰の中へ(真っ逆さまに)投げ落とすこと、

nam toleratur usque ad summum, tunc perit aequilibrium, なぜなら、最高点へまでも許容されるからである、その時、均衡が失われる、

et sic praecipitant se, redigunturque ad aequilibrium, またこのように、自分自身を(真っ逆さまに)投げ落とす、そして均衡へ回復される(追いやられる)、

et si per poenas ad aequilibrium non redigi se patiuntur, また、もし罰によって均衡へ追いやられることを(自分自身に)許さないなら、

tunc conjiciuntur ad infernum, ut ibi vastentur. その時、地獄の中へ投げ込まれる、そこで荒廃させられるために。

1748, 9 Nov. 1748年11月9日。

 

(3) 訳文

3932. 〔私に〕〔彼らの〕悪意が最高点へやって来ること、その時、自分自身を罰の中へ(真っ逆さまに)投げ落とすことが知覚された。なぜなら、最高点へまでも許容され、その時、均衡が失われ、このように、自分自身を(真っ逆さまに)投げ落とし、そして均衡へ回復される、また、もし罰によって均衡へ追いやられることが許されないなら、その時、地獄で荒廃させられるために。その中へ投げ込まれるからである。1748年11月9日。

 

◎『霊界体験記』のラテン原典などについて

今日(3月19日)に関係するので、この際、述べておこう。

柳瀬訳『霊界日記』は1988年1月10日に入手した(私が41歳)。そしてこのちょうど1年後の(平成に変わった)98年1月10日に静思社を初訪問して38歳年長の柳瀬に会った(すなわち彼は80歳)。

この和訳書は88年1月から91年3月にかけて読んだ(これは長かった――3年3か月、またこれで当時刊行されていた静思社の本はすべて読んだ)。

読みづらく(これは誤訳にも起因する)、また……の箇所が多すぎるのも気になった(後から思えば、翻訳者柳瀬の読解力の不足でもあった)。

その後、英訳書(ブッシュ訳など)を91年8月に入手した。これは同年6月にブリンアシンを訪問した折、購入したものがその後、海外便で郵送されたものであった。これを見て柳瀬訳の……箇所に何が書かれているか知った(すなわち、彼の読解力の不足)。

さて月日は流れ、94年3月19日(私が57歳)、ジェネラルチャーチブックセンターに注文してあった『霊界体験記』のラテン原典を入手した。それは1983年ジェネラルチャーチ発行、初版200部である!

このときは第1巻~第3巻であり、その後、第4巻は94年7月(やはり発行は93年、200部)。

この原典からの新英訳(デューバン・オドナー訳)をこの原典講読では最も参考に翻訳している。これは第1巻が98年に初版1000部がジェネラルチャーチから発行されている。私は2000年にカナダで開かれたジェネラルアッセンブリで注文し、同年10月に入手した(第2巻も、これは99年発行)。

その後、この『霊界体験記』の講読が始まった。英訳書の第3,4巻が刊行されたことは知っており、注文しなければならないな、と思っていた。ちょうど1年前の3月19日、その少し前に始めていたヨン・ジン師との「Go To Meeting」で「『霊界体験記』の英訳書第3, 4巻を送ってほしい」とお願いしたら、「鈴木のために役立つことができて嬉しい」と郵送されてきた(第4巻の英訳者は変わっており、時の経過していた)。

このように3月19日には不思議な縁を感じるが、何よりも不思議なのはこれが「スヴェーデンボリ出版」の創立記念日である。これはある方とお会いし、その方が(あなたの本を)「出版しましょう」と言ってくださった日である。