「なぜ山に登るのか?」――「そこに山があるから」

古来有名な、この禅問答のような、この答えの意味が、今日、私なりにわかった。なので、雑談好きな私は、ここで書いておきたくなった。このきっかけについては述べないでおく。「なぜ~なのか」、「そこに~があるから」と同じだと思ったからである。

 これまで私は、「いちいちそんなことに説明して答えていられない、そこに山があるからだ(としておく)」と、半分、否定的な答えをしたのだと思っていた。しかし今日、積極的な答えに思い至った。

すなわち、そこに「登りたい」山があった、この「登りたい」を省略して答えたのであろう、というものである(続けて、ではなぜ、登りたいと思ったのか、などとなるといつまでも続きそうでうるさい、なた千差万別の答えになるでろう、なので、これで終止形とした)。

 しかし、この問答は広く応用できそうである。例えば「なぜ主を愛するのか」――「そこに主がいるから」、こうなると実感のこもった「意味深い」ものとなる。

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