原典講読『霊界体験記』 595

(1) 原文

De quodam{1} inter doctissimos

 

595.  Unus maxime famigeratus, et inter celebratissimos propter doctrinas, spiritus is ad me appulit ab infra sursum, sic ab inferiore terra, erat frigidus, quod ab afflatu frigido sentivi{a} manifeste, is dixit se audivisse, quid loquutus cum aliis, sed quae coelestia et spiritualia, nihil intellexisse, tametsi de iis inter primarios scripserat, nec intelligere potuit, quod spiritus inferioris sortis novit, imo nec discere voluit, sic ut increparetur, quod id unum esset necessarium in hac vita, nesciebat quod in altera vita esset. 1748, die{2} 27 Jan.

@1 ms. quodem

@2 ms. di

@a = sensi

☆この段落は交差線で抹消されています。

 

(2) 直訳

De quodam{1} inter doctissimos 最も学問のある者の間のある者について

595.  Unus maxime famigeratus, et inter celebratissimos propter doctrinas, spiritus is ad me appulit ab infra sursum, sic ab inferiore terra, 一人の最も有名な、また教えのためにも最も称賛された者、霊が、彼が私に下から上方へ接触させた(寄り添った)、このようにさらに低い地から、

erat frigidus, quod ab afflatu frigido sentivi{a} manifeste, 彼は冷たかった、そのことを冷たいそよぎ(息)から私ははっきりと感じた、

is dixit se audivisse, quid loquutus cum aliis, sed quae coelestia et spiritualia, nihil intellexisse, tametsi de iis inter primarios scripserat, 彼は言った、自分自身が聞いたこと、何を〔私が〕他の者に話したか、しかし、それらは天的なものと霊的なものである、何も理解しなかったこと、たとえそれらについて書いた第一人者の間に〔私がいて〕も。

nec intelligere potuit, quod spiritus inferioris sortis novit, imo nec discere voluit, 理解することもできなかった、さらに低い種類の霊たちが知っていること、それどころか、学ぶことを欲しなかった、

sic ut increparetur, quod id unum esset necessarium in hac vita, そのように叱責された、そのことはこの生活の中で必要なものの一つであること、

nesciebat quod in altera vita esset. 彼は知らなかった、来世の中にいたこと。

1748, die{2} 27 Jan. 1748年1月27日☆に。

☆ 29日なのでしょうか?

 

(3) 訳文

最も学問のある者の間にいるある者について

 

595. 最も有名なまた教えのためにも最も称賛されたある霊が、下から上方へ、このようにさらに低い地から、私に寄り添った。彼は冷たかった、そのことを私は冷たいそよぎからはっきりと感じた。

彼は、何を〔私が〕他の者に話したか自分自身が聞いたこと、しかし、それらは天的なものと霊的なものであり、たとえそれらについて書いた第一人者の間に〔私がいて〕も、何も理解しなかったことを言った。低い種類の霊たちが知っていることを理解することもできなかった、それどころか、学ぶことを欲しなかった、そのように、そのことはこの生活の中で必要なものの一つである、と叱責された。彼は、来世にいたことを知らなかった。1748年1月27日。

川の流れに「上流・中流・下流」がある、その先は?

寄稿

川の流れに「上流・中流・下流」がある、その先は? 

すなわち「最下流」

 鈴木泰之

(1)四大区分が多い

 三大区分がある「上・中・下」「上等・中等・下等」、また「序・破・急」表題のように「上流・中流・下流」など。しかし四区分のほうがさらに一般的であろう、「春夏秋冬」の四季、「東西南北」の四方位、「起承転結」、和音は四声一組だとまとまりがよい、すなわち、ソプラノ・アルト・テノール・バスなど。

 人生も三区分よりも四区分で捕えたほうがよい、そしてその一期間がおよそ二十年であろう(もちろん多少の幅がある)、すなわち、幼少期や青年期を経て成人となる20歳まで、壮年前期といえる40歳まで、壮年後期であり、多くの場合「定年」また「還暦」である60歳まで、そして、老後の20年間、80歳まで。これ以降は付録(おまけ)と思えばよい。 

「時の経過」を意識すれば、人生の各時期は「春・夏・秋・冬」に例えられる。ここで人生の「勢い」と「量」を意識してみる、すると「川の流れ」に思い当たる。

 

(2)川の流れは上流・中流・下流、その先は?

始めはちょろちょろと水量はほんのわずか、斜面を降るので、流れは早い、上流では落差もあって滝となることも多いある(地形によって中流でも)。ほどなく水量は増え川幅も増す、勢いもある、これが中流であり、魚も釣れる。下流となると、流れは緩やか、川幅は(支流などを加えて)大きく広がる。やがて海で終わる。ここには「人生」を暗示するものがある。

 普通この三区分であるが、私はやはり四区分がよいと思う、すると、どのように四区分とするのか? それが「最下流」。私は息子の住む江東区深川に行くことがある、そのとき水天宮駅を出て隅田川大橋から「隅田川」を眺める(スカイツリーもよく見える)、川面を水上バスが行く、少し下れば東京湾、ここは「最下流」であろう。一見、流れていないようだが、よく見れば浮遊物などから流れているとわかる、しかも、満潮時には「逆流」もする。穏やか眺めであっても、水面下では莫大な量の水が流れている。

私は73歳、川で言えば「最下流」(暮らし向きも年金だけの収入なので、これに近づいている?)。その最下流も前半を終え、後半に入っている。

 

(3)「最下流」で(暮らし向きだけでなく)何を言いたいのか

外観的には「動きが止まっているように見える」かもしれない、しかし「水面下で大量な水が流れている」ように、心の中で「豊かな水」が流れている、すなわち、いろいろと「味わうべきもの」が去来している。老年期を迎えた諸氏なら同感ではなかろうか。

また、このように万事が急ぐことなくゆったりとしている。目前のことなら翻訳のペースが遅くなっている(しかし、じっくり取り組むようにもなっている)、これは『結婚愛』の出版が遅れたいいわけでもある。

 

(4)私の寿命は84歳か?(ずっと以前からこう思っている) 

 最下流ともなると終わり(海)を意識する。すなわち、あと何年に生きるのか。これについてずっと前から「計算済み」である。人によって異なるとは思うが、たいていの男は「7年」が一区切りである。すなわち、7年ごとに人生の節目を迎える、7歳(七五三の最後)、14歳、21歳(この年で大学終了の人も多い)、28歳(結婚する人もいる)、35歳、42歳(厄年)……63歳(スヴェーデンボリ出版)など。そして7×12=84。

 一週間は7日であり、聖なる数である、また12は(3×4)の「完全な数」であり、一年は12カ月である。なので84に、私はある意味で「完結」を感じ、また、スヴェーデンボリは84歳で亡くなっている。それで、84まで生きたい、それまでに二つほど出版できれば、と願っている(一つは「霊界体験記」)。

 

* * * * *

 これはスヴェーデンボリ出版読者の会(SPSC)の「SPSC会報18号」へ寄稿です(来る4月上旬発行)。会員の方にお先に読んでいただくことになります。同号ではスヴェーデンボリ出版10周年や『結婚愛』(教えの部部)などが記事となります(会報は基本的に出版に合わせて発行します)。私はこの会の役員(事務局員)です。

 会員となっていただければありがたいです。

原典講読『霊界体験記』 596

(1) 原文

Continuatio de Jovis incolis

 

596.  Quod gustum ciborum attinet, non praeparant{1} cibos secundum gustum, sed secundum usum, quem [cibus] corpori dat;qui utilior corpori, est quoque iis sapidior, et quasi dulcior, proinde non a gustu auferuntur in luxuries, qua corporis{2} sanitas pessumdatur, et inde patitur mens, quae sana in sano corpore est: si corpori consulitur, interioris hominis{3} gratia. Aliter ac in nostra tellure, ubi gustus imperat, et sic corpus aegrotat, et mens insanit.

@1 sic J.F.I. Tafel; ms. praeparat

@2 sic J.F.I Tafel ms. corpori

@3 ms. homini

☆この段落は標題を含めて交差線で抹消されています。

 

(2) 直訳

Continuatio de Jovis incolis 続き 木星の住民について

596.  Quod gustum ciborum attinet, non praeparant{1} cibos secundum gustum, sed secundum usum, quem [cibus] corpori dat; 食べ物の味については、食べ物を味にしたがって用意しない、しかし、役立ちにしたがって、それに(食べ物に)身体に与えられる。

qui utilior corpori, est quoque iis sapidior, et quasi dulcior, 身体にさらに役立つ(さらに有用である)ものが、彼らにもまたさらに味がよい(うまい)、またいわば甘い(心地よい、味がよい)、

proinde non a gustu auferuntur in luxuries, qua corporis{2} sanitas pessumdatur, et inde patitur mens, quae sana in sano corpore est: それゆえに、味によりぜいたくの中に連れ去られない、それによって身体の健康(健全)は滅ぼされる(=損なわれる)、またここから心は苦しむ(損害を受ける)、それは健康(健全)は身体の中で健康(健全)である――

si corpori consulitur, interioris hominis{3} gratia. もし、身体に利益をはかる(意を用いる、思いやる)なら内的な人間のために〔である〕。

Aliter ac in nostra tellure, ubi gustus imperat, et sic corpus aegrotat, et mens insanit. そして私たちの地球の中で異なって〔いる〕、そこでは味が支配している、またこのように身体が病んでいる、また心が狂う。

 

(3) 訳文

続き 木星の住民について

 

596. 食べ物の味については、食べ物を味にしたがって用意しない、しかし、食べ物が身体に与える役立ちにしたがって用意する。身体に役立つものが、彼らにもまた味がよい、いわば、うまい。それゆえ、味によりぜいたくの中に連れ去られない、ぜいたくによって身体の健康は損なわれ、ここから心は害を受ける、心の健康(健全)は身体での健康(健全)である――もし、身体を思いやるなら、内的な人間のためにである。

 そして私たちの地球では異なり、そこでは味が支配し、このように身体が病み、心が狂っている。

原典講読『霊界体験記』 597

(1) 原文

De cupiditate spirituum ardenti

 

597.  Sunt spiritus, qui facile accenduntur cupiditate, sic ut inde fiant summopere impatientes, et quasi cupiditate ardeant, et quidem absque usu pro iis, sicut etiam unus fassus est, ut passim contigit, quod cupiditate arderem possidendi emendique haec aut illa; percepi, quod ego non ita ardescerem seu concupiscerem, sed quod spiritus essent, qui mecum loquuti et testati sunt suam cupiditatem, sic ut dicant se vix posse esse, nisi obtineant ea, cupiditas eorum perstat diu, usque quandoque, dum obtinuerim, et quidem etiam ii qui sciunt quod ea, quae cupiunt, non sint iis alicui usui, sed solum mihi, quod etiam iis repraesentavi, et unus dixit, quod id sciat, sed usque quod non desistere queat: cupiditas eorum accenditur a pluribus aliis, qui in communi societate sunt similes, quorum haec sunt proxima subjecta, quae penes hominem sunt, utque id eo melius scirem, etiam cupiditas ista mutata est penes me momento, quod factum inde, quod alii tunc successerint: ita sunt spiritus qui excitant cupiditates, et concupiscentias, et similia, hoc tam saepe mihi contigit, ut vices numerare non possim, sunt genii itaque per quos Dominus regit homines, et permittit ut excitentur, ex pluribus causis, tam propter punitionem, quam propter eorum ablationem. 1748, 29 Jan. Sunt mali spiritus, qui etiam excitant voluptate ista diu sedendi in sentinis, et ibi morandi ultra tempus statum, diaboli enim delectantur summopere sentinis, ut videas prius [377, 414].

 

(2) 直訳

De cupiditate spirituum ardenti 霊たちの熱烈な欲望について

597.  Sunt spiritus, qui facile accenduntur cupiditate, sic ut inde fiant summopere impatientes, et quasi cupiditate ardeant, et quidem absque usu pro iis, sicut etiam unus fassus est, 霊たちがいる、その者は容易に欲望に近づけられる、そのようにここから最高度に短気(我慢できないこと)になる、またいわば欲望で燃え上がる、実際に、役立ちなしにそれらのために、そのようにもまた、ある者が認めた(告白した)、

ut passim contigit, quod cupiditate arderem possidendi emendique haec aut illa; しばしば起こったように、私が欲望で燃え上がったこと、これらまたはそれらを所有しようそして買おうとする。

percepi, quod ego non ita ardescerem seu concupiscerem, 私は知覚した、私が、そのように私が燃え上がる、または私がほしがる〔のでは〕ない、

sed quod spiritus essent, qui mecum loquuti et testati sunt suam cupiditatem, sic ut dicant se vix posse esse, nisi obtineant ea, しかし、霊たちであったこと、その者は私と話した、また自分の欲望を証言した、そのように彼らは言う、自分自身がほんんど存在することができない、それらを手に入れないなら、

cupiditas eorum perstat diu, usque quandoque, dum obtinuerim, 彼らの欲望は長い間、続く、時々、私が手に入れる時まで、

et quidem etiam ii qui sciunt quod ea, quae cupiunt, non sint iis alicui usui, 実際に、彼らもまた、その者はそのことを知っている、それらを彼らが望む、彼らに何らかの役立ちでない、

sed solum mihi, quod etiam iis repraesentavi, しかし、私にだけ〔役立つ〕、そのこともまた彼らに私は表象した(説明した)、

et unus dixit, quod id sciat, sed usque quod non desistere queat: また、ある者は言った、そのことを知っていること、しかしそれでも、やめる(断念する)ことができないこと――

cupiditas eorum accenditur a pluribus aliis, qui in communi societate sunt similes, 彼らの欲望は他の多くの者により燃え立たされる、その者は一般の(普通の)社会の中の同様の者である、

quorum haec sunt proxima subjecta, quae penes hominem sunt, それらの〔社会からの〕これらの者は最も近くにいる派遣霊である、それらは人間の面前にいる。

utque id eo melius scirem, etiam cupiditas ista mutata est penes me momento, そこで、そのことを、それだけよく私が知る〔ために〕その欲望もまた私の面前で一瞬に変えられた、

quod factum inde, quod alii tunc successerint: そのことはここから起こった、他の者〔派遣霊〕がその時、後に続いたこと――

ita sunt spiritus qui excitant cupiditates, et concupiscentias, et similia, そのような霊たちがいる、その者は欲望を、また情欲を、また同様のものをかきたてる、

hoc tam saepe mihi contigit, ut vices numerare non possim, このことはこれほどにしばしば私に起こった、機会を数えることが私にできないようにも、

sunt genii itaque per quos Dominmus regit homines, そこで、魔鬼がいる、彼らによって、主は人間を支配する。

et permittit ut excitentur, ex pluribus causis, tam propter punitionem, quam propter eorum ablationem. また〔主は人間が〕かきたてられるように許している、多くの理由から、罰のためにも、彼らの〔悪の〕除去のためにも。

1748, 29 Jan. 1748年1月29日。

Sunt mali spiritus, qui etiam excitant voluptate ista diu sedendi in sentinis, et ibi morandi ultra tempus statum, 悪霊がいる、その者もまたその快楽をかきたてる、長い間、便所にすわっていようとする、またそこに定まった時間を超えてゆっくりしよう(とどまろう)とする、

diaboli enim delectantur summopere sentinis, ut videas prius [377, 414]. というのは、悪魔は最高度に便所で喜ぶから、前にあなたが見るように〔377, 414〕。

 

(3) 訳文

霊たちの熱烈な欲望について

 

597. 容易に欲望に近づけられ、そのようにここから最高度に我慢できなくなり、また実際に、役立ちなしにそれらのために、いわば欲望で燃え上がる霊たちがいる、そのように、ある者もまた告白した。私が、これらまたはそれらを所有し、そして買おうとする欲望で燃え上がったことがしばしば起こったように。私は、私が、そのように私が燃え上がる、または私がほしがるのではないこと、しかし、私と話した霊たちであったことを知覚した、その者は自分の欲望を証言し、そのように彼らは、それらを手に入れないなら、自分自身がほんんど存在することができない、と言った。彼らの欲望は、時々、長い間、私が手に入れる時まで続く。実際に、彼らもまた、自分たちが望むものは、自分たちに何ら役立つものではないしかし、私にだけ〔役立つ〕ことを知っている。そのこともまた彼らに私は表象した(説明した)。また、ある者は、そのことを知っていること、しかしそれでも、やめることができない、と言った――彼らの欲望は、一般の(普通の)社会の中の同様の者である他の多くの者により燃え立たされる、それらの〔社会からの〕これらの者は人間の面前に最も近くにいる派遣霊である。そこで、そのことを、私がよく知るようにと、その欲望もまた私の面前で一瞬に変えられた、そのことは、その時、他の者〔派遣霊〕が後に続いたことから起こった――

欲望を、また情欲を、また同様のものをかきたてるそのような霊たちがいる。このことは私に、その機会を私が数えることができないようにも、これほどにしばしば起こった。そこで、魔鬼がいて、彼らによって、主は人間を支配する、また〔主は人間が〕かきたてられるように、罰のためにも、彼らの〔悪の〕除去のためにも、多くの理由から許している。1748年1月29日。

 長い間、便所にすわっていようとする、またそこに定まった時間を超えてとどまろうとする快楽をかきたてる悪霊もいる。というのは、前にあなたが見るように〔377, 414番〕、悪魔は最高度に便所を喜ぶからである。

原典講読『霊界体験記』 598,599

(1) 原文

De spiritibus proprie, qui sunt non genii, sed loquentes

 

598.  Spiritus proprie sunt ii qui solum amant loqui, et qui sunt loquelae plurium subjecta, ii quoque in genera et species, tum in classes distincti sunt, vocari volunt intelligentiae, seu scientiae, et putant soli esse, qui sciunt, imo qui regunt omnia, cum differentia; in quolibet gradu dantur tales, spiritualia eorum sunt{a}, sed ii parum cogitant, licet se plus aliis cogitare putant, sed differentias eorum recensere adhuc non possum.

@a h.e. iis pertinent〔すなわち、彼らに所属する〕

 

599. Mirum est, quando aliquid objectum subit, ut si in altera vita aliquid contingit, tunc statim putant se scire quid est, et loquuntur tanquam id sciunt, et dicunt esse id, esse illud, et describunt sicut scirent prorsus, sic unus post alterum, aliter, ita sunt qui opinantur varie de rebus quae contingunt, et aliquem sensum eorum movent, et sibi illico persuadent quod tale sit; plures successive de uno eodemque objecto cum persuasione loquuti sunt; amant etiam ducere me, quando scribo. 1748, 30 Jan.

 

(2) 直訳

De spiritibus proprie, qui sunt non genii, sed loquentes 正しく(理解された)霊たちについて、その者は魔鬼ではない、しかし、話す者〔である〕

598.  Spiritus proprie sunt ii qui solum amant loqui, et qui sunt loquelae plurium subjecta, 正しく(理解された)霊たちは彼らである、その者は、話すことだけを愛する、またその者は多くの者の話し〔=話すの者〕の派遣霊である。

ii quoque in genera et species, tum in classes distincti sunt, 彼らもまた属と種の中に、なおまた部類(階級)の中に区別される、

vocari volunt intelligentiae, seu scientiae, et putant soli esse, qui sciunt, imo qui regunt omnia, cum differentia; 知性〔ある者〕と呼ばれることを欲している、または知識〔ある者〕、またただひとりであると思っている、その者は知っている、どれどころかその者はすべてのもの支配している、相違とともに。

in quolibet gradu dantur tales, spiritualia eorum sunt{a}, それぞれの段階の中に、このような者が存在する、彼らの霊的なものである〔=所属する〕、

sed ii parum cogitant, licet se plus aliis cogitare putant, しかし、彼らはわずかに考える(まず考えない)、たとえ自分自身に他の者よりも多く考えることができると思っていても、

sed differentias eorum recensere adhuc non possum. しかし、彼らの相違を列挙することはまだ私はできない。

 

599. Mirum est, quando aliquid objectum subit, ut si in altera vita aliquid contingit, tunc statim putant se scire quid est, et loquuntur tanquam id sciunt, 驚くべきことである、何らかの主題(対象)が生じる(心に浮かぶ)時、例えば来世の中で何らかのものが起こるような、その時、直ちに、自分自身が何であるか知っていることを思う、またあたかもそのことを知っているかのように話す、

et dicunt esse id, esse illud, et describunt sicut scirent prorsus, sic unus post alterum, aliter, またそれであること、あれであることを言う、また完全に知っているように述べる、このようにあるものの後に他のものを、〔それぞれを〕異なって、

ita sunt qui opinantur varie de rebus quae contingunt, et aliquem sensum eorum movent, et sibi illico persuadent quod tale sit; そのようである、その者は事柄についていろいろと意見をもつ、それらは起こる、また彼らの何らかの感覚を動かす、また自分自身に直ちに説きつける、そのようであることを。

plures successive de uno eodemque objecto cum persuasione loquuti sunt; 多くの者が引き続いて(継続的に)、一つのそして同じ主題(対象)について信念とともに話した。

amant etiam ducere me, quando scribo. さらにまた彼らは私を導くことを愛している、私が書いている時。

1748, 30 Jan. 1748年1月30日。

 

(3) 訳文

正しく(理解された)霊たちについて、その者は魔鬼ではない、しかし、話す者である

 

598. 正しく(理解された)霊たちは、話すことだけを愛する、また話す多くの者の派遣霊である。彼らもまた属と種に、なおまた部類に区別される。知性または知識と呼ばれることを欲している、またただひとりの知っている者、どれどころか、相違とともに、すべてのもの支配している者であると思っている。それぞれの段階に、彼らの霊的なものに属するこのような者が存在する。しかし、彼らは、たとえ他の者よりも多く考えることができると自分自身に思っていても、ほとんど考えることはない。しかし、まだ私は彼らの相違を列挙することができない。

 

599. 何らかの主題が、例えば来世で何らかのものが起こるような主題が生じる(心に浮かぶ)時、その時、直ちに、自分自身が、何であるか知っていると思う、またあたかもそのことを知っているかのように話し、またそれである、あれである、と言い、また完全に知っているかのように、このように次から次へと〔それぞれを〕異なって述べるののは、驚くべきことである。起こる事柄についていろいろま意見をもち、彼らの何らかの感覚を動かし、また直ちにそのようである、と自分自身に説きつける者はそのようである。多くの者が継続的に、一つのそして同じ主題について信念とともに話した。私が書いている時、彼らもまた私を導くことを愛している。1748年1月30日。