寄稿
川の流れに「上流・中流・下流」がある、その先は?
すなわち「最下流」
鈴木泰之
(1)四大区分が多い
三大区分がある「上・中・下」「上等・中等・下等」、また「序・破・急」表題のように「上流・中流・下流」など。しかし四区分のほうがさらに一般的であろう、「春夏秋冬」の四季、「東西南北」の四方位、「起承転結」、和音は四声一組だとまとまりがよい、すなわち、ソプラノ・アルト・テノール・バスなど。
人生も三区分よりも四区分で捕えたほうがよい、そしてその一期間がおよそ二十年であろう(もちろん多少の幅がある)、すなわち、幼少期や青年期を経て成人となる20歳まで、壮年前期といえる40歳まで、壮年後期であり、多くの場合「定年」また「還暦」である60歳まで、そして、老後の20年間、80歳まで。これ以降は付録(おまけ)と思えばよい。
「時の経過」を意識すれば、人生の各時期は「春・夏・秋・冬」に例えられる。ここで人生の「勢い」と「量」を意識してみる、すると「川の流れ」に思い当たる。
(2)川の流れは上流・中流・下流、その先は?
始めはちょろちょろと水量はほんのわずか、斜面を降るので、流れは早い、上流では落差もあって滝となることも多いある(地形によって中流でも)。ほどなく水量は増え川幅も増す、勢いもある、これが中流であり、魚も釣れる。下流となると、流れは緩やか、川幅は(支流などを加えて)大きく広がる。やがて海で終わる。ここには「人生」を暗示するものがある。
普通この三区分であるが、私はやはり四区分がよいと思う、すると、どのように四区分とするのか? それが「最下流」。私は息子の住む江東区深川に行くことがある、そのとき水天宮駅を出て隅田川大橋から「隅田川」を眺める(スカイツリーもよく見える)、川面を水上バスが行く、少し下れば東京湾、ここは「最下流」であろう。一見、流れていないようだが、よく見れば浮遊物などから流れているとわかる、しかも、満潮時には「逆流」もする。穏やか眺めであっても、水面下では莫大な量の水が流れている。
私は73歳、川で言えば「最下流」(暮らし向きも年金だけの収入なので、これに近づいている?)。その最下流も前半を終え、後半に入っている。
(3)「最下流」で(暮らし向きだけでなく)何を言いたいのか
外観的には「動きが止まっているように見える」かもしれない、しかし「水面下で大量な水が流れている」ように、心の中で「豊かな水」が流れている、すなわち、いろいろと「味わうべきもの」が去来している。老年期を迎えた諸氏なら同感ではなかろうか。
また、このように万事が急ぐことなくゆったりとしている。目前のことなら翻訳のペースが遅くなっている(しかし、じっくり取り組むようにもなっている)、これは『結婚愛』の出版が遅れたいいわけでもある。
(4)私の寿命は84歳か?(ずっと以前からこう思っている)
最下流ともなると終わり(海)を意識する。すなわち、あと何年に生きるのか。これについてずっと前から「計算済み」である。人によって異なるとは思うが、たいていの男は「7年」が一区切りである。すなわち、7年ごとに人生の節目を迎える、7歳(七五三の最後)、14歳、21歳(この年で大学終了の人も多い)、28歳(結婚する人もいる)、35歳、42歳(厄年)……63歳(スヴェーデンボリ出版)など。そして7×12=84。
一週間は7日であり、聖なる数である、また12は(3×4)の「完全な数」であり、一年は12カ月である。なので84に、私はある意味で「完結」を感じ、また、スヴェーデンボリは84歳で亡くなっている。それで、84まで生きたい、それまでに二つほど出版できれば、と願っている(一つは「霊界体験記」)。
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これはスヴェーデンボリ出版読者の会(SPSC)の「SPSC会報18号」へ寄稿です(来る4月上旬発行)。会員の方にお先に読んでいただくことになります。同号ではスヴェーデンボリ出版10周年や『結婚愛』(教えの部部)などが記事となります(会報は基本的に出版に合わせて発行します)。私はこの会の役員(事務局員)です。
会員となっていただければありがたいです。