原典講読『霊界体験記』 585~588(訳文)

(3) 訳文

585. さらに、彼らの理解力は私たちの地球の学問のある者または賢明な者に、また特にヨーロッパから者に大いにまさっている。その者は自分自身を、哲学的な議論を扱うので、学問のある者と思っている。専門語やちり〔無価値なものの典型〕でないなら欲しがらない、それらは事柄のすべての意味を引き離す、そのように心が話していることばに留意している時、意味には留意しない。それゆえ、もし専門語から離れるなら、心ははっきりと知覚する――

 このことを木星の惑星の霊たちはよく理解していた。また、彼らは、星をちりばめた自分の天界を幻によって表象している時、そのようのものが、それらを押しとどめる、それらを自分自身に、入れることを欲しない、単なる黒い小さい雲であることを言った。それらから、どのような相違があるか明らかにすることができる――彼らが表象することを欲したとき、唯一の主が邪悪な情愛を、善良なものになるように、それは同じことであるが、悪を善に、変えることである。その時、知的な心を、美しい形として、表象し、また、その活動を、形に適合する情愛として表象した。その時、私に、どのように唯一の主が邪悪な情愛を善いものへそらすか、示すことを欲した。そのことを、しばらくの時間、自分の性質で、また天使たちにより一緒に賛美されるように、これほどに巧みに行なった。

 しかし、私たちの地球の学問のある者は、そのときたとえ教えられ、また、彼らに、自分自身が賢明な者であると思われていても、決してそのことをつかむことができなかった。それでも、彼らは、何が形か、何が変化か、何が実体か、何が物質的なものと非物質的なものか単に論争することができるだけで、自分自身を学問のある者と思っている。それらを他の地球の霊たちは笑い、狂気と呼んでいる。彼らは事柄を愛する、しかし、それらの者は最も不潔なあぶくだけを愛する。これらのことばが私に、今、言われている。

 

586. 再び、彼らの歩きぶりについて、動物のように這わない、しかし、半分、直立している、このように胸と顔で、斜めに、上の方へ突き出ている、また自分の低い〔部分の〕足で地を触れている。それゆえ、自分自身を容易に手でまたは手のひらで助け、また自分自身を迅速に向きを変え、迅速に座ることができる。

 

587. ほかに、私が寝床の中にいた時、彼らは私を寝床の壁へ向けて私が向きを変えるように欲しなかった、しかし、常に前方に、このように壁から〔背を向けて〕私が眺めるように欲した。私が両方の側の中に休養して横にならなければならないために、このことを私が行なうことができない、と言ったとき、彼らは、そのことを自分自身によりまったくの方向転換によって、また速く行なうことができる、と言った。なぜなら、主がそこにいる、と思っているので、正面を眺めることを欲しているからである。このことは、以前に、私にしばしば起こった、すなわち、同様の霊たちが他の者と一般に行なっていることである、しかし、理由を、私はまだ(=そのときまで)知らなかった。1748128日。

 

588. 自分を聖徒であると自慢する者たちの頭のおおいもまた私に示された。〔それは〕高く伸びた暗い色の帽子である。下の頭は雪のように白かった、白髪からかどうか、私は質問しなかった、そのように聖徒は自分の頭をおおう、すなわち、いわば塔によって。

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