原典講読『霊界体験記』 437

(1) 原文

Species vastationis per inductionem probitatis sicut infantilis

 

437.  Quibusdam etiam ea species vastationis mitis traditur, quod in speciem probitatis sicut infantilis redigantur{1}, sunt tales quibus clementia exhibetur, sed in probitate ista quoque adest ex eorum phantasia cupiditas praecellendi aliis intellectu, qui captivatur et restringitur ex causis, quod sua vel ament, et sic aegre ferant, quod alii veriora ac meliora dicant, vel quod nolint, ut suis derogetur honor, ita sibimet, ita quoque ex praecellentia sui prae aliis; in probitate{2} ista{3} inducta torquentur a cupidine latenti{4}, ut inde exsolvi ardeant, et redire in statum pristinum; tametsi aliis status iste sit talis, ut homo in eo possit esse felix, nam tunc extra eum statum est, qui sollicitat. 1747, die 31 Dec.

@1 J.F.I. Tafel adigantur〔追い立てられる〕

@2 in ms. probitatis in probitate emendatum

@3 ms. istius

@4 J.F.I. Tafel latendi

 

(2) 直訳

Species vastationis per inductionem probitatis sicut infantilis 幼児の(幼児らしい)正直さの引き入れることによっての荒廃(浄化)の種類

437.  Quibusdam etiam ea species vastationis mitis traditur, quod in speciem probitatis sicut infantilis redigantur{1}, ある者にもまたその穏やかな荒廃(浄化)☆の種類が渡される、幼児の(幼児らしい)正直さの中に追いやられること、

☆ 通常の意味の「荒廃」ではないので後述します、『用語辞典』から。

sunt tales quibus clementia exhibetur, そのようなものである、それらの者に慈悲深さが示される、

sed in probitate ista quoque adest ex eorum phantasia cupiditas praecellendi aliis intellectu, しかし、その正直さの中にもまた彼らが幻想から現存する(ある)、理解力(知力)で他の者にまさろうとする欲望が、

qui captivatur et restringitur ex causis, quod sua vel ament, et sic aegre ferant, quod alii veriora ac meliora dicant, vel quod nolint, ut suis derogetur honor, ita sibimet, それ〔理解力(知力)〕は理由から捕えられる、また抑制される、(そのことは)あるいは自分自身を愛すること、またこのようにほとんどもたらさない、他の者にさらに真理なものそしてさらによいものを言うこと、あるいは望まないこと、自分のものの名誉が取り去られるように、そのように自分自身の、

ita quoque ex praecellentia sui prae aliis; そのようにまた、他の者よりも自分自身の卓越〔の思い〕から〔行なう〕。

in probitate{2} ista{3} inducta torquentur a cupidine latenti{4}, ut inde exsolvi ardeant, et redire in statum pristinum; その引き入れられた正直さの中で隠れている欲望から苦しめられる、ここから解放されることを熱望するような、また以前の状態の中に戻ること。

tametsi aliis status iste sit talis, ut homo in eo possit esse felix, それでも、他のその状態がこのような者にある、人間がその中で幸福であるような、

nam tunc extra eum statum est, qui sollicitat. なぜなら、その時、その外側の状態があるからである、その者が切望する(心配する)。

1747, die 31 Dec. 1747年12月31日に。

 

(3) 訳文

幼児らしい正直さに引き入れることによるある種の荒廃

 

437. ある者にもまた、幼児らしい正直さの中に追いやられるその穏やかな種類の荒廃がある、それらの者に慈悲深さが示されるようなものである。しかし、その正直さの中にもまた幻想から彼らが理解力(知力)で他の者にまさろうとする欲望がある。その理解力(知力)は、あるいは自分自身を愛し、このように、他の者にさらに真理なものそしてさらによいものを言うことをほとんどもたらさない、あるいは、自分のものの名誉、そのように自分自身の名誉が取り去られるようには望まないこと、そのようにまた、他の者よりも自分自身の卓越〔の思い〕から〔行なう〕こと、〔それらの〕理由から、捕えられ、抑制される。

 その引き入れられた正直さの中に隠れている、ここから解放されること、また以前の状態の中に戻ることを熱望するような欲望から苦しめられる。それでも、このような者に、人間がその中で幸福であるような他の状態がある、なぜなら、その時、その者が切望する(心配する)その外側の状態があるからである。1747年12月31日。

 

◎『スヴェーデンボリ用語辞典』より(*の記号は複数であることを意味します)

荒廃 Vastatio. 新しい教会が生まれる前に,荒廃の最後の時がなくてはならないことは,主により,「預言書」でたびたび言われ,そこでは信仰の天的なものを顧慮するとき荒廃,信仰の霊的なものを顧慮するとき荒涼と,なおまた,完了と切り離すことと呼ばれている/秘義411.

荒廃 Vastationes. 来世の中で荒廃の中にいる者は…その中に信仰の善の中にいる者がいる…虚偽の荒廃の中にいる.しかし,信仰の善の中にいないで,記憶知としての何らかの信仰の真理の中に,しかし,悪の生活の中にいる者の荒廃は,真理の荒廃である.虚偽に関して荒廃させられる者は,しだいに信仰と仁愛の真理と善を吸収する.しかし,真理に関して荒廃させられる者は,しだいに真理が出て行き,彼らの生活のものであった悪を身に着ける/秘義7474:4.

荒廃・荒涼 Vastatio ; Desolatio. 改心させられる者は,真理の無知または荒涼の中に,悲嘆と絶望にまでも追いやられ,その時,初めて彼に主からの慰めと助けがあることは,今日では知られていない,その理由は改心させられる者がわずかであるからである.改心させられることができるような者は,もし,いのちが身体の中にあるときでないなら,それでも来世で,この状態の中に導かれ,このことはそこで最もよく知られており,「荒廃または荒涼」と呼ばれている….このような荒廃または荒涼の中にいる者は,絶望にまでも追いやられるが,この状態の中にいる時,主からの慰めと助けを受け,最後にここから天界の中へ連れて行かれ,そこで,天使の間で,いわば新しく信仰の善と真理を教えられる/秘義2694:2.

原典講読『霊界体験記』 438

(1) 原文

Ultimum{a} coelum angelicum quod ex varietatibus naturalibus similibus felicitas eorum consistat

 

438.  Spiritus, qui nondum admissi in Coelum sunt, quia discordia, quae repugnat coelestibus, dominabatur adhuc, de coelesti felicitate mecum loquebantur, quam quia ignorabam, dicebatur, quod distincta sint domicilia, ubi ii qui conjuncte{1} vivere possunt, sint, et forment societates, et quidem ibi ex remanente adhuc phantasia seu imaginatione, sibi videantur formari amaenitates et delitiae coelestes{2}, in quibus pax coelestis regnat; si etiam optant sibi, etiam sibi videntur formari paradisi, cum omni varietate arborum et fructuum, tum etiam civitates et palatia, ac similia, sed haec non ita scribenda sunt orbi, ne in phantasiis quaerat coelestia.

@1 J.F.I. Tafel conjuncti

@2 ms. delitiae; coelestes

@a N.B.. ms. Tert[ium] Ultimum

 

(2) 直訳

Ultimum{a} coelum angelicum 最外部の天使の(天使的な)天界

quod ex varietatibus naturalibus similibus felicitas eorum consistat 同様の自然的ないろいろなものから彼らの幸福は構成されること

438.  Spiritus, qui nondum admissi in Coelum sunt, quia discordia, quae repugnat coelestibus, dominabatur adhuc, de coelesti felicitate mecum loquebantur, 霊たちは、その者はまだ天界の中に入れらていない、不一致が〔あった〕からである、それらは天界の者に抵抗する、依然として支配していた、彼らは天界の幸福について私と話した、

quam quia ignorabam, dicebatur, それを私は☆無知であったので、彼らは言われた、

☆ Duban Odhner の英訳書にはここに「注」があり、「文脈からは明らかにignabant が要求される」とあります。予弁法(反対論を予期して反駁しておく法)によって「著者は ignorabam, dicebam と書いた、その後、debam をdicebatur に変えた」としています。ここからは私の考え、「←このような書き間違いはこのような背景から生まれたのだろう」、私も賛成です。

quod distincta sint domicilia, ubi ii qui conjuncte{1} vivere possunt, sint, et forment societates, 住居が区別されていること、そこに彼らは、その者は共同して生活することができる、いる、また社会を形成する、

et quidem ibi ex remanente adhuc phantasia seu imaginatione, sibi videantur formari amaenitates et delitiae coelestes{2}, in quibus pax coelestis regnat; 実際に、そこに依然として残っている幻想または想像から、自分自身に天界の楽しさと歓喜が形作られることが見られる、それらの中で天界の平和が支配している。

si etiam optant sibi, etiam sibi videntur formari paradisi, cum omni varietate arborum et fructuum, もしさらにまた自分自身に願うなら、さらにまた自分自身に楽園の形成されることが見られる、すべてのいろいろな木と実とともに、

tum etiam civitates et palatia, ac similia, なおまた、さらにまた、都と宮殿、そして同様のもの、

sed haec non ita scribenda sunt orbi, ne in phantasiis quaerat coelestia. しかし、これらは世界☆でこのように書かれてはならない、幻想の中で天界のものを求めないように。

☆ 普通に受け止めれば「霊たちの世界」です、でもそこで「書く」者がいるでしょうか、すると、「この世」となりますが、これもちょっと変だと思います、なのでこのままとします。

 

(3) 訳文

最外部の天使の天界、彼らの幸福は同様の自然的ないろいろなものから構成されること

 

438. まだ天界の中に入れらていない霊たちは、天界の者に抵抗する不一致が依然として支配していたからである。彼らは天界の幸福について私と話した、彼ら☆はそれに無知であったので、彼らは言われた。

 住居が区別されていて、そこに共同して生活することができる者がいる、また社会を形成する。実際に、そこに依然として残っている幻想または想像から、自分自身に天界の楽しさと歓喜が形作られ、それらの中で天界の平和が支配していることが見られる。さらにまた自分自身に願うなら、楽園がすべてのいろいろな木と実とともに、さらにまた、都と宮殿、そして同様のものが形成されることも自分自身に見られる。

 しかし、これらは、幻想の中で天界のものを求めないように、世界でこのように書かれてはならない。

 

☆「彼ら」は原文では「私」です。