原典講読『霊界体験記』 はじめに

「はじめに」いくつか述べておきます。これは「注」に関してもでも知って置くともいことです(その際にも述べるでしょう)。

(1)「本書の著述期間」は1747~60年です(著者最初の神学著作『天界の秘義』の出版は1749年(著者61歳)です)。(なお『夢日記』は1743~44年。この時はまだ霊界は開かれていません)

 スヴェーデンボリに霊界が開かれ、この体験が基盤となってそれ以降の「神学著作」生まれたことを思う時、本著が重要であることは間違いありません。著者自身、著作で用いるつもりで本書の膨大な『索引』をつくっています(これについて後述)。また、興味深いことがあちらこちらに述べられております。私個人の本書に対する感想は、話題があちこちに飛び、系統だって述べられていないので(霊界の体験でもメモであり、出版も意図していなかった)、読みづらかったです。

 (2)「出版物」について

 著者が出版されることな「手書き原稿」(「注」での記号 ms.(=manuscript))まま残されましたが、1~148番は失われています(おそらく炉で燃やされたらしい、『スヴェーデンボリ叙事詩』第26章)。上記の『索引』から(今後の講読箇所から)、その大部分は「霊の性質」を扱っています。

 本講座では「1~148番」は適当な分量をまとめれ掲載します。149番以降は「見出し」が付いており、これは該当するものを掲載します(柳瀬訳の 1~148番 に「見出し」がありますが、これは英訳者が付けたものです)。

 この原稿から J.F.I.Tafel の編集により5部編成の(原語の)「Experientiae Spirituales」が出版されました(ロンドン、1843-47)。なのでこれが「初版」です。「注」で「J.F.I. Tafel」とあれば、これを意味します。

 次の「底本」で述べますが、定本には数多くの「注」(大きく2種類、①本文に関するものと、②一般的な注意事項)があります。その大部分はこの「ms.」と「J.F.I. Tafel」に言及しています。すなわち、手書き原稿は~、初版は~、という意味です。この後、英訳が1883年以降になされています(題名は「The Spiritual Iiary」であり、これを柳瀬氏が訳している)。

 (3)本書の「底本」について(本書の題名は『霊界体験記』)。

 原著「第2版」との思える本書もはやり題名は「Experientiae Spirituales」です。これは4巻ものであり1983~93年(2巻もの『索引』は995と1997年←これが和訳される日は来るのでしょうか、おそらくないでしょうもちろん私にはできません)ブリン・アシンの新教会アカデミーから出されました(私は94年3月に入手、索引は96年と98年どれも限定200部です)。

 スヴェーデンボリはこの「原稿」を「Ex. Sp.」と呼んでいました。『霊界日記』は英訳者がそう名づけたのであり、ここは題名を直訳なら『霊的な経験』です。でもそれを経験したの霊界です、またその他池の記録です。そけで『霊界体験記』は一番ふさわしいかと思い、この題名としました。

(4)「注」について(ほぼ省略します)

 前述しましたが、底本ということもあり、「注」が多くなっていますが、原文で紹介するだけで、その翻訳は省略します(本文と見比べればわかるからです、また、本講座の後半では、ネット上ので掲載された「注」は省略されたものとなっています)。原版そのものはスウェーデンの王立科学アカデミーにあり、貸し出しは一切しません。

 

[VOLUMINIS PRIMI, liminarium sectio secunda, continens reconstructionem, ex indicis materiis et Bathae Fragmento{a}, rerum, quae continebantur in paragraphis amissis Experientiarum Spiritualium 1 ad 148b]{1}

@1 vide praefationem hujus voluminis sub capite “The `missing numbers'”

@a sic vocato a civitate anglica, antiquitus ut Aquae Sulis nota, ubi fragmentum auctoris manuscripti inventum est; vide praefationem hujus voluminis sub capite The `Bath Fragment'”

 

「上記について」この底本の最初に部分(1a~403a)は『みことばの講解』のインデント部分がまとめられています(Adversariaの中に書かれた霊界体験記です)。それに続きいて、上記が書かれてあり、ここが『霊界体験記』の始まりです。

この第1巻(VOLUMINIS PRIMI)の入り口の第二の断片(section)は『索引』と「バス断片」からの複製です。注1 は失われた番号(箇所)についても「まえがき」です。注a は「バス断片」がイギリスの(ある)市民により、このように呼ばれている、ということです。

原典講読『霊界体験記』 1,2  (ブログ掲載2019年9月24日)

(1) 原文

1.    Quod spiritus sint modo organa seu instrumenta vitae, usibus tamen inservientes, n. 1. [Organa]

Quod spiritus sint modo organa seu instrumenta vitae usibus inservientes, n. 1. [Spiritus]

2.    Quod spiritus sint servitia, quo interiores mali, eo insaniores; cui usui inserviunt, n. 2. [Organa]

Quod spiritus sint servitia, mali quo interiores, eo insaniores: cui usui inserviunt, n. 2. [Spiritus]

 

(2) 直訳

1.    Quod spiritus sint modo organa seu instrumenta vitae, usibus tamen inservientes, n. 1. [Organa] 霊たちは、いのちの単なる道具(器官)または道具である、それでも役立ちに仕えている、1番〔道具(器官)〕☆

Quod spiritus sint modo organa seu instrumenta vitae usibus inservientes, n. 1. [Spiritus] 〔同じ言及〕〔霊〕☆

☆『索引』の見出し「器官」の中で「Quod spiritus sint modo organa seu instrumenta vitae, usibus tamen inservientes, n. 1.」と述べている、ということです。同じく「霊」(これは長大です)でも同一のことを述べています。以下同様。

2.    Quod spiritus sint servitia, quo interiores mali, eo insaniores; cui usui inserviunt, n. 2. [Organa] 霊たちはしもべである、内的に悪であればあるほどますます☆狂っている。何の役立ちに彼らは仕えるか、2番〔道具(器官)〕

☆ quo~eo… は「~であればあるほどますます…」の意味の相関文。

Quod spiritus sint servitia, mali quo interiores, eo insaniores: cui usui inserviunt, n. 2. [Spiritus] 〔同じ言及〕〔霊〕

 

(3) 訳文

1.  霊たちは、いのちの単なる器官または道具である、それでも役立ちに仕えている。「道具」、「霊」。

2. 霊たちはしもべである、内的に悪であればあるほどますます狂っている。彼らは何の役立ちに仕えるか。「道具」、「霊」。