原典講読『啓示された黙示録』 最終節

(1) 原文

[Vers. 21.] “GRATIA DOMINI NOSTRI JESU CHRISTI CUM OMNIBUS VOBIS AMEN.”

 

(2) 直訳

[Vers. 21.] “GRATIA DOMINI NOSTRI JESU CHRISTI CUM OMNIBUS VOBIS AMEN.” 〔第21節〕「私たちの主イエス・キリストの恵みがあなたがたすべての者に〔あるように〕、アーメン」 

 

(3) 訳文

直訳どおりです。

 

◎聖書の最後のことばが「恵み」があるように、とは印象的です。この世は愛にあふれ、その結果が「恵み」だと思っています。(原典講読『啓示された黙示録』を終えることができたことも、ほんの少しばかりであっても、私には「恵み」であり、感謝しています)

 2017年10月3日から始まったこの『啓示された黙示録』もこれで終了です、やく2年ほどかかり、翻訳のペースがやや落ちて来ているかな、という気もします(早ければ1年半ぐらいか)。

 速ければよい、というものはないし、じっくり(楽しみながら)やればこんなものでしょう。いつも思うのは、「続けていれば」いつかは「到達する」ということです。

 

◎さて次からは『霊界体験記』、これは大著です、終了はいつになるでしょうか(5~6年、またそれ以上でしょう)。この機会に柳瀬芳意氏について触れておきましょう。(ある人物がある仕事を「いつ」したのか)

 私が柳瀬氏に会ったのは昭和も平成に変わった正月、下井草の静思社を初訪問したとき。私が42歳、柳瀬氏(牧師ではあったが「師」とは呼びたくない、この理由は述べないほうがよいでしょう)が80歳(すなわち彼は38年長)。

 このとき、翻訳・出版だけでなく「牧会」していることを知り、3月には同師から洗礼を受けた。当時,同氏が翻訳中であった『黙示録講解』の第9, 10巻の校正の手伝いなどしながらも、翌年の5月に柳瀬氏から去った。簡単に言えばその人間性に失望したのであった(悪口になるのでこれ以上言わない、その後、何年かして「箱根集会」であったが、その時、柳瀬氏は私のことをすっかり忘れていた)。

 さて、本題。(静思社版)『霊界日記』の第1巻の初版発行は昭和55年4月。これは柳瀬氏71歳のことである(彼は明治41年(1908)、10月15日生まれ)。(彼が61歳から始めた『天界の秘義』はまだ完成していない、完成は昭和58年(74歳))。『天界の秘義』と並行しながら『霊界日記』を翻訳・出版していた。

 私も(現在72歳)、以前に『霊界日記』を読んでいた、そして「……」の箇所(柳瀬氏によれば、意味が不明なので、としている、しかし、よく読めばわかる)が多いので、「世に公開する出版物として、良心的でない(一カ月でも二カ月でも、その翻訳のために努力すべきではないだろうか)」と感じていた。

 なので、いつか、「原典にはこう書いてある」と紹介したかった。この機会が、ここで与えられる。ありがたいことである。この原典講読の読者の方々が、浅学ながらも、私の訳から何か得てもらえばそれで満足。なお、霊界への興味から、『霊界日記』を熱心に読んでいる方が多いことは承知している。

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