(3) 訳文
757「またすべての不潔な霊の牢獄に、また不潔なまた憎まれる鳥の牢獄に」は、悪魔のようであるそれらの地獄にいて、主から背を向け、自分自身そのものへ〔向けて〕いる者の意志とここから行為の悪を、また思考とここから意図の虚偽を意味する。
「牢獄」によって地獄が意味される、そこに閉じ込められているからである。「霊」によって、情愛または意志に、またここから行為に属すすべてのものが意味される。また、「鳥」によって、思考または理解力に、またここから意図に属すすべてのものが意味される。それゆえ、「不潔な霊」と「不潔な鳥」によって、意志とここから行為に属すすべての悪が、また思考とここから意図に属すすべての虚偽が意味される。また、これらが地獄の中の彼らのもとにあるので、それゆえ、それらが悪魔的なものであることが意味される――また、主から背を向け、自分自身そのものへ〔向けている〕ので、「憎まれる鳥」とも呼ばれている。
預言書に、バベルが同様のものによって述べられている、そのように「イザヤ書」に――
「バベルは、神のひっくり返すことにより、ソドムとゴモラのようになる。そこにアラビア人がとどまらないように、そのように永遠に住まれない。そこにイッイームが伏せ、彼らの家はオーヒームで満ち、そこにフクロウの娘が住み、サテュロスがそこに踊る。さらにまた、ツィイームがその宮殿の中で、竜がその歓喜の宮殿の中で答える」(13:19-22)。
同書に――
「わたしは、バベルの名前と残りの者を切り倒す。彼女を猛禽(フクロウ)の相続財産とする」(19:22, 23)。
「エレミヤ書」に――
神がソドムとゴモラとその近隣のひっくり返すしたバベルの中に、「イッイームとツィイームとフクロウの娘が住み、そこに、人の子は住まない」(50:39, 41)。
これらから、「すべての不潔な霊の牢獄、また不潔なまた憎まれる鳥の牢獄」によって、悪魔のようであるそれらの地獄にいて、主から背を向け、自分自身そのものへ〔向けて〕いる者の意志とここから行為の悪を、また思考とここから意図の虚偽を意味することが明らかである。
[2] 「鳥」が、悪も善も、両方の意味で、理解力と思考またここから意図に属すようなものを意味することは、みことばから明らかである。
そこに、悪い意味で、これらの箇所の中に――
「半週の真ん中で、いけにえをやめることをする。最後に、忌まわしい翼の上に荒涼があり、終結までも荒廃の上に滴り落ちるであろう」(ダニエル9:27)。
「地をヘラサギと猛禽(フクロウ)が所有し、ミミズクとカラスがその中に住むであろう」(イザヤ34:11)。
前に示された箇所の中の「オーヒーム」、「イッイーム」、「フクロウの娘」、「竜」によって、地獄の虚偽以外の他のものは意味されない。なおまた、アブラムが追い払った、死体の上に降りた鳥によって(創世記15:112)。それらの死体が食物として与えられる鳥によって(エレミヤ17:33、15:3、16:4、19:7、34:20、エゼキエル29:5、詩篇79:1, 2)。なおまた、蒔かれたものを食べた鳥によって(マタイ13:3, 4)。
[3] 善い意味で、これらの箇所の中に――
「這うものと鳥」は、エホバの名前をほめたたえる(詩篇148:10)。
「その日に、わたしは、天と鳥また地の這うものと契約を結ぶ」(ホセア2:18)。
「獣に尋ねよ、すると、あなたを教えるであろう、また天の鳥に尋ねよ、すると、あなたに知らせるであろう。だれがこれらすべてのものから、エホバの手がそれを行なったことを知らないか」(ヨブ記12:7-9)。
「わたしが見たとき、見よ、人間はいない、天のすべての鳥は飛び去った」(エレミヤ4:24-26)。
「天の鳥から獣までも飛び去った。わたしがエルサレムを、竜の住みかをに堆積とするからである」(エレミヤ9:10, 11、12:9)。
「〝真理〟はない、慈悲はない、神の知識はない。このために、地は野の獣についてて、また天の鳥について悲しむ」(ホセア4:1, 3)。
「わたしは、東から鳥を、遠く離れた地から熟慮の男を呼んでいる神」(イザヤ46:9, 11)。
「アッシリアはレバノンの杉。その枝の中に天のすべての鳥が巣を作り、その陰の中に大いなる国民のすべての者が住む」(エゼキエル31:3, 5)。
[4] 杉としてのアッシリアについて言われているここのように、他の箇所に同様のものが〔ある〕。(例えば、エゼキエル17:23、ダニエル4:10-14, 20, 21、マタイ13:31, 32、マルコ4:32、ルカ13:19)。
「すべての翼の鳥に、すべての野の獣に、言え。イスラエルの山の上の大いなるいけにえへやって来い。このように、わたしはわたしの栄光を諸国民の間に与える」(エゼキエル39:17, 21、黙示録19:17)。
(ほかに他の箇所に、例えば、イザヤ18:1, 6、エゼキエル38:20、ホセア9:11、11:9, 11、ゼパニヤ1:3、詩篇8:6-8、詩篇50:11、詩篇104:10, 12)。
「鳥」が、理解力とここからの思考と意図に属すものを意味することは、霊界の中の鳥からはっきりと明らかであり、そこにもまたすべての属とすべての種の鳥が見られる。天界の中には、最も美しいもの、ゴクラクチョウ、キジバト、ハトが、地獄の中には、竜、ミミズク、フクロウ、また同様の鳥が〔見られ〕、それらすべてのものは天界の中の善の情愛からの思考を、また地獄の中の悪の情愛からの思考を生き生きと表象するものである。