原典講読『啓示された黙示録』 第8章、個々の節の内容(訳文)

(3) 訳文

 1. 「また〔小羊が〕第七の封印を開けたとき」は、主による教会の状態と、ここからその方の霊的な王国の中にいる者の生活(いのち)の状態の調査を意味する、、その者は仁愛とその信仰の中にいる者であり、ここでは信仰のみの中にいる者である(388番)。

「天に、およそ半時間の沈黙が起こった」は、主の霊的な王国からの天使たちが、彼らが自分自身を信仰の中にいることを言い、そのような状態の中にいるのを見たとき、大いに驚いたことを意味する(389番)。

 2. 「また、私は神の前に立つ七人の天使を見た」は、主の臨在の中で、〔主が〕命じたそれらを聞き、行なう霊的天界全体を意味する(390番)。「また、彼らに七つのらっぱが与えられた」は、教会とここから信仰のみにいる者の生活(いのち)の状態の調査と明らかにすることを意味する(391番)。

 3. 「また、他の天使がやって来て、金の香炉を持って祭壇に立った」は、信仰の真理によって仁愛の善から生じる霊的な礼拝を意味する(392番)。「また彼に多くの香が与えられた、すべての聖徒の祈りとともに王座の前の金の祭壇の上に与えるために」は、主の霊的な王国の天使たちが下にいたサタンの王国の霊たちにより害されないようになだめること(贖罪)を意味する(393番)。

 4. 「また、香の煙が神の前の天使たちの手から聖徒の祈りとともに上がった」は、主による彼らの保護を意味する(394番)。

 5. 「また、天使は香炉を取り、それを祭壇の火から満たし、地に投げた」は、その中に天的な愛がある霊的な愛を、また、そこに仁愛から分離した信仰の中にいた者がいた低いものの中へのその流入を意味する(395番)。「また、声と雷鳴といなずまと地震が起こった」は、彼らとの伝達が開かれた後に、信仰のみについての推論とそれのための確信が聞かれたことを意味する(396番)。

 6. 「また、七つのらっぱを持っている七人の天使たちがらっぱを吹くために用意した」は、彼らのもとの教会とここからの生活(いのち)の状態の調査に向けて準備と用意を意味する、その者の宗教は信仰のみである(397番)。

  7. 「また、第一の天使がらっぱを吹いた」は、内的にその信仰の中にいる者のもとの教会の状態の性質の調査と明示(現われ)を意味する(398番)。「また血が混じった雹(ひょう)と火が起こった」は、善と真理を破壊し、みことばを虚偽化する地獄の愛をからの虚偽を意味する(399番)。「また、地の中に送られ、木の三分の一が焼かれた」は、教会の人間をつくる彼らのもとの真理のすべての情愛と知覚が滅んだことを意味する(400番)。「また、緑のすべての草が焼かれた」は、このように信仰のすべての生きているもの〔が滅んだこと〕を意味する(401番)。

 8. 「また、第二の天使がらっぱを吹いた」は、外的にその信仰の中にいる者のもとの教会の状態の性質の調査と明示(現われ)を意味する(402番)。「また火で燃えている大きな山のようなものが海の中に送られた」は、彼らのもとの地獄の愛の外観を意味する(403番)。「また、海の三分の一が血になった」は、彼らのもとのすべての全般的な真理が虚偽化されたことを意味する(404番)。

 9. 「海の中の霊魂を持っているそれらの被造物の三分の一が死んだ」は、その信仰に生きた、また生きている者が、改心されることまた生活(いのち)を受けることができないことを意味する(405番)。「また船の三分の一が滅んだ」は、生活の役立ちのために仕えているみことばからの真理と善のすべての認識が彼らのもとで失われたことを意味する(406番)。

 10. 「また、第三の天使がらっぱを吹いた」は、みことばからの〝真理〟の情愛と受容に関して宗教が信仰のみである者のもとの教会の状態の調査と明示(現われ)を意味する(407番)。「明かりのように燃える大きな星が天から落ちた」は、地獄の愛から起こってくる高慢からのプロプリウム(自己)の知性の外観を意味する(408番)。「また川の三分の一の上に、また水の泉の上に落ちた」は、ここから、みことばのすべての真理がまったく虚偽化されたことを意味する(409番)。

 11. 「また、星の名前はニガヨモギと呼ばれ、水の三分の一はニガヨモギになった」は、地獄の虚偽を意味する、それから彼らのプロプリウム(自己)の知性〔があり〕、それによってみことばのすべての真理が虚偽化された(410番)。「また、多くの人間が水により死んだ、苦くなったからである」は、みことばの虚偽化された真理から(多くの者のもとの)霊的ないのちの消滅を意味する(411番)。

 12. 「また、第四の天使がらっぱを吹いた」は、宗教が信仰のみであり、虚偽の悪と悪の虚偽の中にいる者のもとの教会の状態の調査と明示(現われ)を意味する(412番)。「また、太陽の三分の一、月の三分の一、星の三分の一が打たれ、それらの三分の一が暗くされた」は、虚偽からの悪そして悪からの虚偽のために、何が愛かまた何も真理を知らなかったことを意味する(413番)。「日はその三分の一が輝かなかったように、また夜も同様に」は、彼らのもとに、もはや何らかの霊的な真理がない、みことばからの教えと生活のために仕える自然的な真理もない、が意味される(414番)。 

 13. 「また、私は天界の真ん中を飛んでいる一人の天使を見た、また聞いた」は、主による教えと予言を意味する(415番)。「大きな声で言っている、わざわいだ、わざわいだ、わざわいだ、地の上に住んでいる者に。残りの、来たるべき三人の天使の吹くらっぱの音から」は、教会の中の教えと生活で自分自身のもとに仁愛から分離した信仰を確信した者の断罪の状態について極度の悲嘆を意味する(416番)。

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