原典講読『啓示された黙示録』 134直訳[6, 7]と訳文

[6] Quoniam Ecclesia falsificaverat Verbum, mandatum est Prophetae Hoscheae ut acciperet sibi Meretricem in uxorem, dicendo, [6] 教会は、みことばを虚偽化したので、預言者ホセアは命令された、自分自身に娼婦を妻として受け入れるように、〔主は〕言って、

 

“Accipe tibi mulierem Scortationum et liberos Scortationum, quia Scortando Scortatur terra post Jehovam” (Hosch. i. 2{6}); 「あなたに、淫行の妻を受け入れよ、また淫行の子どもを、地は淫行に(=して)淫行した、エホバの後ろに」(ホセア1:2)。

denuo: 再び――

“Ama mulierem amatam socio, et Adulteram” (Hosch. iii. 1). 「女を愛せよ、仲間に愛されている、また姦淫の女を」(ホセア3:1)。

Quoniam Ecclesia Judaica talis fuit, ideo Gens Judaica a Domino vocata est ユダヤ教会はこのようなものであったので、それゆえ、ユダヤ民族は主により呼ばれた

“Generatio Adultera” (Matth. xii. 39; cap. xvi. 4; Marc. viii. 38); 「姦淫の子孫(世代の者)」(マタイ12:39、第16章4、マルコ8:38)。

et apud Esajam, また「イザヤ(書)」のもとに、

“Semen Adulteri” (lvii{7}. 3): 「姦淫者の子孫(種)」(イザヤ57:3)――

et apud Nahum: また「ナホム(書)」のもとに――

“Vae urbi sanguinum, tota in mendacio, multitudo confossorum prae multitudine Scortationum Scorti, vendentes gentes per Scortationes suas” (iii. 1, 3, 4). 「わざわいだ、血の都、まったくのうその中に〔ある〕、娼婦の淫行の群衆にまさる刺し通された者の群衆、自分の淫行によって国民を売っている者」(3:1, 3, 4)。

 

[7] Quoniam “Babylon” prae caeteris in Christiano Orbe adulterat et falsificat Verbum, ideo illa vocatur “magna Meretrix,” et haec de illa dicuntur in Apocalypsi: [7] 「バビロン」は他の者よりもキリスト教界の中で、みことばを不純化した、また虚偽化したので、それゆえ、彼女は「大淫婦」と呼ばれる、またこれらが彼女について「黙示録」の中に言われる――

“Babylon a vino irae Scortationis suae potavit omnes gentes” (xiv. 8); 「バビロンは自分の淫行の怒りのぶどう酒からすべての国民に飲ませた」(14:8)。

“Babylon a vino furoris Scortationis suae potavit omnes gentes, et reges terrae cum illa Scortati sunt” (xviii. 3); 「バビロンは自分の淫行の激怒のぶどう酒からすべての国民に飲ませた、地の王たちは彼女と淫行した」(18:3)。

Angelus dixit, “Monstrabo tibi judicium Meretricis magnae, cum qua Scortati sunt reges terrae” (xvii. 1, 2); 天使は言った、「私はあなたに大淫婦への審判を見せる、彼女と地の王たちは淫行した」(17:1, 2)。

“Judicavit Meretricem magnam, quae corrupit terram Scortatione sua” (xix. 2). 「大淫婦を裁いた、彼女は自分の淫行で地を汚した」(19:2)。

Ex his nunc manifeste patet, quod “adulterari” et “scortari” significent adulterare et falsificare bona et vera Verbi. これらから今やはっきりと明らかである、「姦淫すること」と「淫行をすること」が、みことばの善と真理を不純化することと虚偽化することであること。

@1 quadraginta pro “70” 注1 「70」の代わりに24

@2 vestras pro “suas” 注2 「suas」の代わりにvestras

@3 6 pro “5” 注3 「5」の代わりに6

@4 15 pro “16” 注4 「16」の代わりに15

@5 1, 2, 6, 8, 9 pro “6, 8″ 注5 「6, 8」の代わりに1, 2, 6, 8, 9

@6 2 pro “7” 注6 「7」の代わりに2

@7 lvii. pro “lvi.” 注7 「lvi.」の代わりにlvii.

 

(3) 訳文

 134.「わたしのしもべたちを教え、惑わすこと、淫行をすること」は、そのことから、みことばの真理を虚偽化することが生じるを意味する――

 「主のしもべたちを教え、惑わすこと」によって、みことばからの真理を教えられることができる、また欲する者を〔そうすることが〕である。「主のしもべたち」が真理の中にいると呼ばれる者であることは前に見られる(3、128番)。また「淫行をすること」によって、みことばを不純化することと虚偽化することが意味される。このことが「淫行すること」によって意味されるのは、みことばの個々のものの中に善と真理の結婚があるからである、またこの結婚は、善が真理から分離され、取り去られるとき破られる。

 みことばの個々のものの中に主と教会の、ここから善と真理の結婚があることは『新しいエルサレムの教え 聖書について』の中に見られる(80-90番)。そのことから、「淫行すること」によって、善を不純化することとみことばの真理を虚偽化することが意味される。またこれが霊的な淫行であるので、それゆえ、自己の理性から、みことばを虚偽化した者は、死後もまた、霊界の中にやって来る時、淫行者になる。また、依然として世の前に隠れていること〔であるが〕、信仰のみを仁愛の働きを排除までも確信した者は、母との息子の姦淫の欲望の中にいる。これほどに恐るべき姦淫の欲望の中にいる者が、しばしば、霊界の中で知覚される。

 この〔ことを〕記憶せよ、また死後に調べよ、また、あなたは確信するであろう。以前、このことを私は明らかにすることに大胆でなかった、耳を害うからである。

 [2] この姦淫が、自分の父のめかけビルハとのルベンの姦淫によって意味される(創世記35:22)。なぜなら、「ルベン」によって、その信仰が意味されるからである。その理由で、自分の父イスラエルから呪われ、その後、彼から長子の権利は奪われた。というのは、彼の父イスラエルは、息子たちについて預言して、ルベンについて言ったから、

 

 「ルベンよ、私の長子、あなたは私の力強さ、また私の力の始まり。水のように軽く、すぐれない。あなたの父の寝床に上った、その時、汚した、私の寝椅子に上った」(創世記49:3, 4)。

 

 それゆえ、長子の権利は彼から奪われた。

 

 「ルベンはイスラエルの長子〔であった〕。しかし、自分の父の寝椅子を汚したので、彼の長子の権利はヨセフの息子たちに与えられた」(歴代誌5:1)。

 

 「ルベン」によって、善からの真理、すなわち、仁愛からの信仰が、またその後、善から分離した真理、すなわち、仁愛から分離した信仰が表象されたことは、第7章5節の説明の中に見られる(であろう)。

[3] 「淫行」によって、みことばの中の善と真理の不純化と虚偽化が意味されることは、これらの箇所から明らかにすることができる――

 

 「ヨラムがエフーを見たとき、言った、エフーよ、平和か。その者は言った、何が平和か、あなたの母イゼべルの淫行〕、また多くの魔術(加持祈祷)までも〔行われているときに」(列王記Ⅱ9:22)。

 

 「イゼべルの淫行」によって何らかの淫行が意味されなず、しかし、彼(女)の行為が〔意味され〕、それらについて前に〔見られる〕(132番)。

 

 「あなたがたの息子たちは、荒野の中で四十年、〔羊を〕飼う者になる、またあなたがたの淫行を担う」(民数記14:33)。

 「わたしは、霊媒と占い師を受け入れ、淫行へ向けて彼らの後ろに〔行く〕霊魂を取り除く」(レビ記20:6)。

「〔その〕地の住民と契約を結んではならない、彼らの神々の後ろに淫行してはならない」(出エジプト記34:15)。

 「エルサレム、あなたはあなたの美を信頼し、あなたの名声のために、あなたの淫行を通り過ぎるすべての者の上に注ぎ出すまでにも淫行した。あなたは、あなたの近隣の肉の大きなエジプト人の息子と、たあなたの淫行を増して淫行した。アッシリア人の息子と淫行した、、それらの者と淫行をしたとき、あなたに何も満ち飽きることがない。あなたの淫行をカルデヤまでも増した。姦淫の女は、自分の男の形の下に他の者を受け入れる。すべての者は自分の娼婦に報酬を与える、けれども、あなたはすべての者に報酬を与えた、あなたへやって来るために、輪の中へ、あなたの淫行の中へ――それゆえ、娼婦よ、エホバのことばを聞け」(エゼキエル16:11, 16, 26, 28, 29,32, 33, 35以降)。

 

そこの「エルサレム」はイスラエルとユダヤの教会である。彼の「淫行」によって、みことばの不純化と虚偽化が意味される。また、みことばの中の「エジプト人」によって自然的な人の知識、「アッシリア人」によってそこからの推論、「カルデヤ人」によって真理の冒涜、また「バビロン」によって善の冒涜が意味されるので、それゆえ、彼らと淫行をしたことが言われる。

[4] 一人の母の娘たち〔である〕二人の女たちがエジプトで淫行し、自分の青年期の中で淫行した。一人はわたしの下で淫行し、近くのアッシリア人の恋人を愛し、彼らの上に自分の淫行を明け渡した。それにもかかわらず、自分の淫行をエジプトの中でやめなかった。もう一人は彼女よりももっと自分の愛を汚し、また自分の淫行を姉妹の淫行の上に淫行へ加えた、カルデア人を愛した。バビロンの息子たちは彼女へ、愛の同衾(寝床)へやって来た、また彼女を自分の淫行によって汚した(エゼキエル23:2, 3, 5, 7, 8, 11, 16, 17以降)。

 

 「同じ母の二人の娘たち」もまたイスラエルとユダヤの教会であり、彼女たちのみことばの不純化と虚偽化が「淫行」によってここに前のように描かれている。

[5] 同じく、これらの中に

 

 「あなたは多くの仲間と淫行した――あなたはあなたの淫行とあなたの悪意で地を汚した――あなたは、イスラエルがすべての高い山の上へ行って背いたことを行なった、また淫行したことを見なかったか――ユダもまた裏切って行った、また淫行した。これほどに自分の淫行の声により地を汚した。石と木に姦通した」(エレミヤ3:1, 2, 6, 8, 9)。

 

 また他の箇所に――

 

 「エルサレムの街路を通って走りまわれ、あなたがたが公正を行なっている、また〝真理〟を探している男を見つけるか、捜せ――わたしが彼らを満足させたとき、彼らは淫行をし、娼婦の家の中に、群れをなしてやって来た」(エレミヤ5:1, 7)。

 「あなたの姦淫、あなたのいななき、あなたの淫行の罪を、丘の上、畑(野)の中で、あなたの忌まわしいものを見た。あなたに、わざわいだ、エルサレムよ、あなたは清められない」(エレミヤ13:27)。

 「エルサレムの預言者たちの中にわたしは恐ろしい〔ほどの〕頑固さを見た、姦淫とうその中を行くこと〔である〕」(エレミヤ23:14)。

 「彼らはイスラエルの中で愚かさを行ない、淫行した、またわたしの名前の中でわたしのことばを偽って話した」(エレミヤ29:23)。

 「彼らはわたしに罪を犯した、彼らの栄光を恥辱の中にわたしは変え、彼らは淫行をした、エホバを見捨てたので――淫行が彼らの心を占め、あなたがたの娘たちは淫行をし、あなたがたの嫁たちは姦淫をする」(ホセア4:7, 10, 11,13)。

 「わたしは、エフライム、すべての点で淫行し、イスラエルが汚されたことを知っている」(ホセア5:3)。

 「イスラエルの家の中に、わたしは不潔な事柄を見た、そこに、エフライムは淫行し、イスラエルは汚された」(ホセア6:10)。

 

ここの「イスラエル」は教会であり、そして「エフライム」はみことばの理解力である、そのことから、またそれにしたがって教会がある。それゆえ、「エフライムは淫行をし、イスラエルは汚された」と言われる。

 [6] 教会は、みことばを虚偽化したので、預言者ホセアは、自分自身に娼婦を妻として受け入れるように、〔主は〕言って、命令された、

 

 「あなたに、淫行の妻を、また淫行の子どもを受け入れよ、地はエホバの後ろに淫行に淫行した」(ホセア1:2)。

 

 再び――

 

 「仲間に愛されている姦淫の女を愛せよ」(ホセア3:1)。

 

 ユダヤ教会はこのようなものであったので、それゆえ、ユダヤ民族は主により「姦淫の世代の者」と呼ばれた(マタイ12:39、第16章4、マルコ8:38)。

 

 また「イザヤ書」に、

 

 「姦淫者のすえ」(イザヤ57:3)――

 

 また「ナホム書」に――

 

 「わざわいだ、血の都、まったくのうその中に〔ある〕、娼婦の淫行の群衆にまさる刺し通された者の群衆、自分の淫行によって国民を売っている者」(3:1, 3, 4)。

 

[7] 「バビロン」は他の者よりもキリスト教界の中で、みことばを不純化し、虚偽化したので、それゆえ、彼女は「大淫婦」と呼ばれ、またこれらが彼女について「黙示録」の中に言われている――

 

 「バビロンは自分の淫行の怒りのぶどう酒からすべての国民に飲ませた」(14:8)。

 「バビロンは自分の淫行の激怒のぶどう酒からすべての国民に飲ませ、地の王たちは彼女と淫行した」(18:3)。

 天使は言った、「私はあなたに大淫婦への審判を見せる、彼女と地の王たちは淫行した」(17:1, 2)。

「大淫婦を裁いた、彼女は自分の淫行で地を汚した」(19:2)。

 

 これらから今や、「姦淫すること」と「淫行をすること」が、みことばの善と真理を不純化することと虚偽化することであることがはっきりと明らかである。