原典講読『啓示された黙示録』 52 訳文

(3) 訳文

 52 「その方の口からは鋭い両刃の剣が出ている」は、主により、みことばによって、またここからの教えによって、虚偽を追い散らすことを意味する――

みことばの中でしばしば、「剣」、「片刃の剣」、「(両刃の長い)剣」言われ、またそれらによって、虚偽に対して戦うまたそれを破壊する真理以外の、そしてまた正反対の意味の中で真理に対して戦う虚偽以外の何らかのものが意味されない。というのは、みことばの中の「戦い」によって霊的な戦いが意味され、それは虚偽に対する真理の〔戦い〕、そして真理に対する虚偽の〔戦い〕であるから。それゆえ、「戦いの武器」によってこのようなものが意味される、それらによってこれらの戦いの中で戦われる。

 主による虚偽の消散させることが、「剣」によって意味されることは明らかである、「その方の口から出ること」が見られるからである、主の口から出ることは、みことばから〔出ること〕である、というのは、これを口で主は話されたから。また、みことばは教えによって理解されるので、これ〔教え〕もまた意味される。心(心臓)と霊魂へ達するのでお「鋭い両刃の剣」と言われる。

 [2]「剣」によって、ここに、主により真理によって虚偽の消散させることが意味され、そのことことが知られるために、そこに剣の名前を挙げられている箇所が示される、それらからこのことが見られることができる。それらは〔次のもの〕である、

 

 「バビロン、君主たち、その知恵ある者に対する剣。愚かになるために、うそつきに対する剣。うろたえさせられるために、力ある者に対する剣。その馬とその戦車に対する剣。略奪されるために、その宝物に対する剣。涸れるために、その水の上に干ばつがある」(エレミヤ50:35-38)。

 

 これらはバベルについてであり、それによって、みことばを虚偽化する、また不純化する者が意味され、ここから愚かになる「うそつき」によって、その上に剣〔がある〕「馬と戦車」によって、、また略奪される「宝物」によって、彼らの教えの虚偽が意味される。

涸れるためにそれらの上に干ばつがある「水」が真理を意味することは、直ぐ前に見られる(50番)。

 

[3] 「預言せよ、また言え、研がれ、さらにまた磨かれ、虐殺を虐殺するために研がれた剣。剣は、三度、繰り返される。刺し殺された者の剣。刺し殺された者の大きな剣は、障害を増すために、内部に達する」(エゼキエル21:9-15, 19,20)。

 

 「剣」によってここにもまた教会の中の真理の荒廃が意味される。

 

「エホバは、自分の剣の中で、すべての肉の上に引き裂さき、エホバに刺し殺された者が増される」(イザヤ66:16)。

 

 みことばの中のここにや他のところに言われている「エホバに刺し殺される者」は、虚偽によって滅びる者〔である〕。

 

 「すべての丘の上に荒らす者が来た。エホバの剣が地の終わりから地の終わりまで食い尽す」(エレミヤ12:12)。

「荒野の剣のために私たちの霊魂の危険の時、私たちは私たちのパンを引き寄せる」(哀歌5:9)。

「わざわいだ、 (羊の)群れを見捨てる無価値な羊飼い。彼の腕の上に、彼の右目の上に剣〔があるであろう〕」(ゼカリヤ11:17)。

 

 「羊飼いの右目の上の剣」は彼の理解力の虚偽である。

 

 「人間の息子たちは興奮している、彼らの舌は鋭い剣」(詩篇57:4)。

 「見よ、自分の口で吐き出している、彼らの唇の中に剣〔がある〕」(詩篇59:7)。

 「不法を働く者は自分の舌を剣のように鋭くする」(詩篇64:3)。

 (同様のものが「剣」によって他の箇所に意味されている、例えば、イザヤ13:13. 15、21:14, 15、27:1、31:7, 8、(37:7, 38)、エレミヤ2:30、5:12、11:22、14:13-18、エゼキエル7:15、32:11-12).

 

 [4] これらから、主により「剣」によって何が意味されているか、これらの箇所の中に明らかにすることができる――

 

 イエスは言われた、ご自分が、「地の上に平和を送ること〔のために〕来たのではないこと、しかし、剣を」(マタイ10:34) 。

 イエスは言われた、財布と(旅行用の)袋を持たない者は、自分の衣服を売り、剣を買え。弟子たちは言った、「主よ、見よ、二つの剣。その方は言われた、十分である」(ルカ22:36, 38)。

 「剣を取るすべての者は、剣によって滅びる」(マタイ24:51, 52)。

 イエスは世代の完了(世の終わり)について言われた、「剣の刃で倒れ、すべての異教徒の間で捕虜にされ、最後にエルサレムは踏みにじられる」(ルカ21:24)。

 

 「世代の完了」は教会の最後の時であり、「剣」は真理を破壊する虚偽であり、「異教徒」は悪であり、踏みにじられる「エルサレム」は教会である。

 [5] これらから、今や、「人の子の口から出ている鋭い剣」によって、主によりみことばによって虚偽の追い散らすことが意味されることが明らかである。

 同様に、「黙示録」の中の続くものの中に――

 

 赤い馬の上に座っている者に大きな剣が与えられた(6:4)。

 白い馬の上に座っている者の口から、「鋭い剣が出ていた、それによって国民を打つために。残りの者は馬の上に乗っている者の剣で殺された」(21:15, 21)。

 

「白い馬の上に乗っている者」によって、みことばに関する主が意味され、そのことがあからさまに言われている(13, 16節)。

 同様のものがダビデの書に意味される――

 

 「力強い者よ、あなたの腿の上に剣を帯びよ。〝真理〟のことばの上に乗れ。あなたの矢は鋭い」(詩篇45:3-5)。

 

 これらは主について〔である〕――

 また他の箇所に、

 

 「聖徒たちは小躍りして喜ぶ、口の剣がその方の手の中に〔ある〕」(詩篇149:5,6)。

 

 また「イザヤ書」に――

 

 「エホバはわたしの口を鋭い剣にされた」(49:2)。

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