(2) 直訳(5悔い改めと告白?)
5{1}. DE PAENITENTIA ET CONFESSIONE.― 5 悔い改めと告白について――
Quod Paenitentia constet ex duabus partibus, una quae est contritio seu terror incussus conscientiae propter peccata; 悔い改めは二つの部分から成っていること、一つは、それは痛悔、すなわち、罪のために恐怖が良心に打ち当てられる(ひき起こされる)(incutio)ことである。
altera quae est fides quae concipitur ex Evangelio, et per remissionem peccatorum consolatur conscientiam, et ex terroribus liberat. もう一つは、それは福音からみごもる(心の中で形成される)信仰である、また罪の赦しによって良心を慰める、また恐怖から解放する。
Qui confitetur totum se esse peccatum, is comprehendit omnia peccata, nullum excludit, et nullius obliviscitur; 自分自身全体が罪であることを告白する者は、彼はすべての罪を把握する、何も除外しない、また何も忘れていない。
sic purgantur peccata, homo purificatur, rectificatur, sanctificatur, quoniam Spiritus Sanctus non sinit peccatum dominari, sed reprimit et coercet. こうして罪はきよめられる(きれいにされる)、人間は浄化される、聖別される、聖霊が罪をさせておかないので、支配することを、しかし制圧する、また制止する。
Quod enumeratio peccatorum debeat esse libera, si velit aut non velit; 罪の数えること(列挙)は自由であるべきである、もし欲するまた欲しないなら。
et quod confessio et absolutio privata magnificienda sit; また個人に関する(私的な)告白と放免(救罪)が称賛されなければならない。
quare si quis vult, potest confiteri peccata, et Absolutionem a Confessionario accipere, et quod peccata tunc remissa sint; それゆえ、もしだれかが欲するなら、罪を告白することができる、また「告白者」から「放免(赦罪)」を受け取ること、また罪はその時に赦されること。
verba, quae Minister tunc responsurus est, sint, Deus tibi sit propitius, et confirmet fidem tuam, fiat tibi sicut credis, et ego ex mandato Domini remitto tibi peccata (at alii, annuntio tibi remissionem peccatorum): 一言でいえば、それは聖職者がその時、答えるもの、である、神はあなたに好意を有する(=恵み深い)、またあなたの信仰を強める、あなたに、あなたが信じるように、生じる、また私は主の命令からあなたに罪を許す(しかし、他の者たちは、私はあなたに罪の許しを告げる)。
quod tamen usque non per paenitentiam, sicut nec per opera, sed per fidem peccata remittantur. それでもなおやはり悔い改めによってではない、働きによってでもないように、しかし、信仰によって罪は赦されること。
Quare paenitentia Clericorum est modo confessio coram Deo quod peccatores sint, et oratio ut in fide perseverent. それゆえ、聖職者の悔い改めは、神の前の単なる告白であること、罪人(つみびと)とであること、また祈りは〔以下のものでしかない〕信仰の中に存続するように。
Quod expiationes et satisfactiones non sint necessariae, quia Christus est Expiatio et Satisfactio. 償い(複数)☆と贖罪(謝罪) (複数)☆は必要ではないこと、キリストが「償い」と「贖罪(謝罪)」であるからである。
☆ 複数形はさまざま具体的なもの(ここでは該当する行為)を意味します。単数形は「抽象的な概念」を意味します。なのでここではこれらの「行為」は必要でないことを意味します。ただ日本語ではこの表現は難しいです「諸~」とするところでしょうか。
@1 5 pro “IV.” 注1 「IV.」の代わりに5
(3) 訳文
5 悔い改めと告白について――
悔い改めは二つの部分から成っている、一つは、それは痛悔、すなわち、罪のために良心に恐怖がひき起こされることである。もう一つは、それは福音から抱かれる信仰であり、罪の赦しによって良心を慰め、恐怖から解放する。
自分自身全体が罪であることを告白する者は、すべての罪を把握し、何も除外せず、何も忘れていない。こうして罪はきよめられ、人間は浄化され、聖別される、聖霊が、罪が支配することをさせておかない、しかし制圧し、制止するからである。
欲するにしろ欲しないにしろ、罪を数えることは自由であるべきである。また私的な告白と放免が称賛されなければならない。それゆえ、もしだれかが欲するなら、罪を告白することが、また「告白者」から「放免」を受け取ることができ、その時、罪は赦される。一言でいえば、その時に聖職者が答えるものは、「神はあなたに恵み深い、あなたの信仰を強め、あなたが信じるようにあなたに生じる。また私は主の命令からあなたに罪を許す」である、(しかし、他の者たちは、「私はあなたに罪の許しを告げる」である)。それでもやはりなお、悔い改めによってではなく、働きによってでもないように、しかし、信仰によって罪は赦される。
それゆえ、聖職者の悔い改めは、罪人(つみびと)とであることの神の前の単なる告白であり、また祈りは信仰の中にあり続けますように〔といったものでしかない〕。
〔さまざまな〕償いと贖罪☆は必要ではない、キリストが「償い」と「贖罪」であるからである。