(2) 直訳(3義認と善い働き[2]まで)
3{1}. DE JUSTIFICATIONE PER FIDEM, ET DE BONIS OPERIBUS.― 3 信仰による義認について、また善の働き(善業)について――
Fides Clericorum justificans et salvans haec est: 聖職者の義とするまた救う信仰はこれである――
Quod Deus Pater averterit Se a Genere humano propter iniquitates ejus, et sic ex justitia damnaverit illud morti aeternae; 父なる神は人類からご自分を背かせた、彼の☆不法(複数)のために、またこうして公正からそれら☆を永遠の死に(地獄へと)断罪したこと。
☆ ここは「彼ら」とするのがよいでしょう。
et quod ideo miserit Filium in mundum, Qui expiaret et redimeret, ac satisfaceret et reconciliaret; またそれゆえ☆、子を世の中に送ったこと、その方は償う(罪滅ぼしをする)、またあがなう、そして贖罪する(満足させる)また和解させる。
☆ このideoが「原文」としたものではideaとなっていました、訂正します(スキャナーミスです)。
et quod Filius hoc fecerit per quod in Se susceperit damnationem legis, et passus Se crucifigi, et quod sic et per obedientiam impleverit omnem justitiam Dei, usque ut Ipse factus sit Justitia; また子はこのこと(中性)を行なった、自分自身に律法の断罪(有罪)を受け入れる(引き受ける)ことによって、また自分自身にはりつけにされることを受けて(被って)、またこのようにまた服従によって神のすべての義(公正)を満たしたこと、その方が義(公正)となるようにまでも。
et quod Deus Pater hanc ut Ipsius meritum credentibus imputet et applicet, et ad illos mittat Spiritum Sanctum, qui operatur charitatem, bona opera, paenitentiam, ut bona arbor bonos fructus, ac justificet, renovet, regeneret et sanctificet; また父なる神はこのこと(女性)をその方の功績として信じる者たちに転嫁する、また適用する、また彼らに聖霊を送る、その者は仁愛、善の働き、悔い改めを生み出す(つくる)、善い木が善い実を〔生み出す〕ように、そして義とする、更新する(新しくする)、再生させる、また聖別する。
et quod haec fides sit unicum medium salutis, et quod per illam solam remittantur homini peccata. またこの信仰が唯一の救いの手段であること、またそれだけによって人間の罪が赦されること。
[2] Distinguunt inter Justificationis actum et statum; [2] 彼らは義認の活動と状態を分離している(区別している)。
per Justificationis actum intelligunt initium justificationis, quod fit momento cum homo per solam illam fidem cum fiducia apprehendit meritum Christi; 義認の活動によって義認の始まりを理解している、それは人間がその信仰のみによって信頼とともにキリストの功績をつかむ(感じる)とき瞬間に生じる。
per Justificationis statum intelligunt progressum illius fidei, qui fit per Operationem Spiritus Sancti interiorem, quae se non manifestat nisi per quaedam signa, de quibus varia docent; 義認の状態によってその信仰の前進を理解している、それは聖霊の内的な働きによって生じる、それはある種のしるしによってでないならそれ自体を明らかにしない(示さない)、それらについていろいろなものを教えている。
tradunt etiam bona opera manifesta, quae fiunt ab homine et ejus voluntate, et sequuntur illam fidem; 明瞭な善の働きにもまた伝える(述べている)、それは人間とその意志から行なわれる、またその信仰から続く。
sed illa excludunt a justificatione, quia proprium et sic meritum hominis est in illis. しかし、それらを義認から締め出している、人間のプロプリウム(固有のもの)とこのように(したがって)功績がその中にあるからである。
(3) 訳文
3 信仰による義認について、また善の働きについて――
聖職者の義とするまた救う信仰はこれである――
父なる神は、人類の不法のために彼らから向きを変え、こうして義(公正)から彼らを永遠の死へと断罪した。それゆえ、子を世の中に送った、その方は償い、あがない、そして満足させ、和解させる。また子はこのことを、自分自身に律法の断罪を受け入れ、はりつけにされることを自分自身に被って、このようにまた服従によってその方が義(公正)となるようにまでも神のすべての義(公正)を満たしたことによって行なった。また父なる神はこのことをその方の功績として信じる者たちに転嫁し、適用し、彼らに聖霊を送る、その聖霊は、善い木が善い実を〔生み出す〕ように、仁愛、善の働き、悔い改めを生み出す、そして義とし、新しくし、再生させ、聖別する。またこの信仰が唯一の救いの手段であり、それだけによって人間の罪が赦される。
[2] 彼らは義認の活動と状態を区別している。義認の活動によって義認の始まりを理解している、それは人間がその信仰のみによって信頼とともにキリストの功績を感じる瞬間に生じる。義認の状態によってその信仰の前進を理解している、それは聖霊の内的な働きによって生じ、それはある種のしるしによってでないなら明らかにならない、それらについていろいろなものを教えている。人間とその意志から行なわれ、その信仰から続く明瞭な善の働きにもまた述べている。しかし、それらを義認から締め出している、人間のプロプリウム(固有のもの)とこのように功績がその中にあるからである。