(2) 直訳(2主キリストについて、[4]と[5])
[4] Ab aliqua parte ex Reformatis, de quibus etiam in Formula Concordiae, creditur, [4] 改革派の者からのある部分により、それらについてもまた「一致信条」中に〔あるが〕、信じられている、
Quod Christus secundum Humanam naturam per exaltationem tantum creata dona et finitam potentiam acceperit, ita quod sit Homo sicut alius, retinens proprietates carnis; キリストは人間性の性質にしたがって高められることによってそれほどの創造された贈り物と有限な力を受けたこと、そのように(しがたって)、他の者のような人間であること、肉の特性(属性)を保有して。
quod ideo quoad Humanam naturam non sit Omnipraesens et Omnisciens; それゆえ、人間性の性質に関して遍在しない、また全知〔でない〕こと。
quod tamen absens regat tanquam Rex dissita a Se; それでも、不在〔である〕、あたかも王のように支配していること、ご自分から遠く離れたものを。
quod ut Deus ab aeterno sit apud Patrem, ac ut Homo natus in tempore sit apud Angelos in Caelo; 永遠からの神として父のもとにいること、そして時間の中で生まれた人間として天界の中の天使のもとにいる。
quodque in Christo Deus sit Homo et Homo Deus, sit locutio figurata; そしてキリストの中で神は人間である、また人間は神〔である〕こと〔は〕、外観の話し方である。
praeter similia alia. ほかに同様の他のもの。
[5] At dissensionem hanc dirimit Symbolum Athanasii, quod ab omnibus in Christiano Orbe receptum est, ubi haec sunt: [5] しかし、この意見の相違(衝突)は「アタナシウス信条」で解決される、それはキリスト教界の中のすべての者により受け入れられている、そこにこれらがある――
“Vera fides est, ut credamus et confiteamur, quod noster Dominus Jesus Christus Filius Dei sit Deus et Homo, Deus ex substantia Patris natus ante mundum, et Homo ex substantia matris natus in mundo; 「真の信仰である、私たちは信じる、また告白すること、私たちの主イエス・キリスト、神の子は、神と人間であること、世の前に生まれた、父の性質の実体から神、また世の中で生まれた、母の実体から人間〔である〕。
perfectus Deus et perfectus Homo; 完全な神〔である〕また完全な人間〔である〕。
Qui tametsi est Deus et Homo, non tamen sunt duo, sed unus Christus; その者はたとえ神と人間であっても、それでも二つではない、しかし、一つのキリストである。
unus non per conversionem Essentiae Divinae in corpus, sed per assumptionem Humani Sui in Deum; 身体の中へ神的な本質の変化によってでなく一つ、しかし、神の中へご自分の人間性のまとうことによって。
unus prorsus, non per confusionem substantiae sed per Unitatem Personae; 完全に一つ〔である〕、実体の混ぜること(混交)によってでなく、しかし、位格の同一性によって。
quoniam sicut rationalis anima et corpus est unus homo, ita Deus et Homo est unus Christus.” 理性的な霊魂と身体が一人の人間であるように〔そのようである〕ので、そのように(しがたって)、神と人間は一つのキリストである」。
(3) 訳文
[4] 改革派のある一部の者により信じられている、それらについてもまた「一致信条」中に〔あるが〕、
キリストは人間性の性質にしたがって高められることによって、それほどの創造された賜物と有限な力を受け、しがたって、肉の属性を保有して他の者のような人間である。それゆえ、人間性の性質に関して遍在しない、全知でない。不在であっても、それでも、ご自分から遠く離れたものをあたかも王のように支配している。永遠からの神として父のもとにいる、そして時間の中で生まれた人間として天界の中の天使のもとにいる。そしてキリストの中で神は人間であり、人間は神であることは、外観での話し方である。ほかにも同様な他のもの。
[5] しかし、この意見の相違は「アタナシウス信条」で解決され、それはキリスト教界の中のすべての者により受け入れられていて、そこにこれらがある――
「私たちが信じ、告白する真の信仰〔は次のもの〕である。子である私たちの主イエス・キリストは、父の性質の実体から世の前に生まれた神であり、また世の中で母の実体から生まれた人間である、神と人間である。完全な神であり、完全な人間である。その方はたとえ神と人間であっても、それでも二つではなく、一つのキリストである。神的な本質の変化によってでなく、神の中へご自分の人間性をまとうことによって、身体の中へと一つである。実体の混交によってではなく、位格の同一性によって、完全に一つである。理性的な霊魂と身体が一人の人間であるように、そのように神と人間は一つのキリストである」。