(2) 直訳(8聖徒・9権限・その他)
8. DE SANCTIS.― 8 聖徒について――
Quod Sancti una cum Christo regnantes orationes suas pro hominibus Deo offerant: キリストと一緒に支配している使徒は自分の祈りを人間のために神に捧げていること。
quod Christus adorandus sit, et quod Sancti invocandi; キリストは崇拝されなければならないこと、また聖徒は加護を祈らなくてはならない(呼ばなくてはならない)。
quod invocatio Sanctorum non sit idololatrica, nec adversetur honori unius Mediatoris Dei et hominum; 聖徒への呼びかけ(祈願)は偶像崇拝的なものではないこと、神と人間の唯一の仲裁人の誉れに反対もしない(対抗もしない)。
vocatur Latria: ラトリア☆と呼ばれる。
☆ カトリック用語であるラトリア(latria)は「神のみにささげる最高の礼拝」です。これはおそらく「ドゥリア」の間違いでしょう。すなわち、ドゥリア(聖人崇敬)(dulia)は「聖人に対する礼拝」です。
なおヒュペルドゥリア(hyperdulia)は「(聖母マリアへの)特別崇敬」です。
quod imagines Christi, Deiparae Mariae, et Sanctorum, sint venerandae et honorandae; キリストの、神の母マリアの、また聖徒の像は、崇敬され(崇められ)なければならない、また尊敬され(尊ばれ)なければならないこと。
non quod credendum quod in illis Divinitas et virtus sit, sed quod honor, qui illis exhibetur, referatur ad prototypa, quae illae repraesentant; 信じるべきことではない、それらの中に神性と力があること、しかし、誉れは、それはそれら〔像〕で示される、原型☆に関係する(映し出す)、それらをそれらが表象する。
☆ prototypa = proto(原始的・最初の)+typus(象徴・型)なので「原型」でよいでしょう。
et quod per imagines, quas osculantur, et coram quibus procumbunt ac caput nudant, Christum adorent, et Sanctos venerentur: また像を通して、それをキスする、またそれらの前で身をかがめる、そして頭を裸にする(おおいをとる)ことは、キリストを崇拝する、また聖徒を尊敬(崇敬)する。
quod miracula Dei per Sanctos fiant. 神の奇跡は聖徒を通して行なわれること。
9. DE POTESTATE.― 9 権限(権力)について――
Quod Papa Romanus sit{1} Petri Apostoli Successor, et Jesu Christi Vicarius, Caput Ecclesiae et Episcopus universalis; ローマ教皇は使徒ペテロの後継者であること、またイエス・キリストの代理人、教会と司教全体の頭(かしら)。
quod sit supra Concilia: 会議の上にある(支配している・制している)こと。
quod Illi sint claves aperiendi et claudendi Caelum, ita potestas remittendi et retinendi peccata; 彼に天界を開くまた閉ざす鍵があること、そのように罪を赦すまた保持する。
quod ideo Illi sicut vitae aeternae Clavigero, terreni simul et caelestis imperii jura sint: それゆえ、彼に永遠のいのちの鍵の運び手のように、地と天界で支配の権利があること。
quod etiam ab Illo sit talis potestas Episcopis et Sacerdotibus, quia etiam data est reliquis Apostolis, et quod ideo dicantur Ministri clavium. さらにまた彼からこのような権限(権力)が司教と祭司にあること、使徒の残りの(他の)者にもまた与えられたからである、またそれゆえ、鍵の聖職者と呼ばれる。
Quod Ecclesiae sit judicare de vero sensu et interpretatione Scripturae Sacrae, et quod qui contraveniunt, poenis ex jure statutis puniendi sint: 聖書の真の意味と解釈について判断を下すことは教会のものであること、またこれに反して( contra)行く(venio)者は、定められた法律からの罰で罰せられなければならない。
quod non conveniat ut Laici legant Scripturam Sacram, quoniam sensum ejus non scit nisi Ecclesia; 平信徒が聖書を読むことは適合しない(ふさわしくない)、その意味を教会でないなら知らないので。
inde Ministri ejus venditant quod illum sciant. ここからその聖職者はそれらを知っていることを誇示する(自慢する)。
{2}Haec sunt ex Conciliis et Bullis, imprimis ex Concilio Tridentino et Bulla Papali confirmante, ubi omnes, qui contra illa quae decreta sunt, quae in genere sunt supra allata, sentiunt, credunt, et faciunt, anathemate condemnant. これらは(教会)会議と大勅書からである、特にトレント公会議と〔それを〕確証した教皇の勅書から、そこにすべての者を、その者はそれらに反する、それらは決議された、それらの全般的に上に提示された(affero)、感じる(思う)、信じる、また行なう、〔そのすべての者を〕呪いで断罪する。
@1 sit pro “fit” 注1 「fit」の代わりにsit
@2 Haec pro “X. Haec” 注2 「X. Haec」の代わりにHaec
(3) 訳文
8 聖徒について――
キリストと一緒に支配している使徒は、自分の祈りを人間のために神に捧げている。キリストは崇拝され、また聖徒は加護が祈らなくてはならない。聖徒への祈願は偶像崇拝ではなく、神と人間の唯一の仲裁者に対抗もしない。ラトリア☆と呼ばれる。キリスト、神の母マリア、聖徒の像は、崇められ、尊ばれなければならない。それらの中に神性と力があること信じるべきはない、しかし、それら〔像〕で示される誉れは、それらが表象する原型に映し出していること信じるべきである。それらにキスし、それらの前で身をかがめ、そして頭のおおいを取ることは、像を通して、キリストを崇め、聖徒を尊ぶことである。神の奇跡は聖徒を通して行なわれる。
9 権限について――
ローマ教皇は、使徒ペテロの後継者、イエス・キリストの代理人、教会と司教全体の頭(かしら)である。会議の上にある。彼に天界を開き、閉ざす鍵があり、そのように罪を赦しまた保留する。それゆえ、彼に永遠のいのちの鍵の運び手のように、地と天界で支配の権利がある。さらにまた彼からこのような権限が司教と祭司にある、他の使徒にもまた与えられたからであり、それゆえ、鍵の聖職者と呼ばれる。
聖書の真の意味と解釈について判断を下すことは教会に属し、これに反して行く者は、定められた法律からの罰で罰せられなければならない。平信徒が聖書を読むことは、その意味を教会でないなら知らないのでふさわしくない。ここから、その聖職者はそれらを知っていることを誇示する。
これらは教会会議と勅書、特にトレント公会議と〔それを〕確証した教皇の勅書からのものである、そこには、決議されたもの、それらは全般的にここに提示されたものであるが、それらに反して思い、信じ、行なうすべての者を、呪いで断罪する。
☆ カトリック用語であるラトリア(latria)は「神のみにささげる最高の礼拝」です。これはおそらく「ドゥリア」の間違いでしょう。すなわち、ドゥリア(聖人崇敬)(dulia)は「聖人に対する礼拝」です。
なおヒュペルドゥリア(hyperdulia)は「(聖母マリアへの)特別崇敬」です。
◎これらが「カトリック」の教えの大要であり、このあと、「プロテスタント」の教えの大要が続きます。
これらの教えに対する「審判」が下されたことが「黙示録」述べられている、ということです。