(2) 直訳( 3ミサ )
3. DE MISSIS.― 3 ミサについて――
Dicitur Sacrificium Missae, quoniam sacrificium, quo Christus Se obtulit Deo Patri repraesentatur in hoc sub specie Panis et Vini; ミサのいけにえと言われる、いけにえは、それでキリスト自身が父なる神に捧げた(offero)、パンとぶどう酒の姿の下に象徴(表象)されるからである。
quod inde sit Sacrificium vere propitiatorium, purum, et non nisi sanctum in eo. ここから〔その〕いけにえは真のあがないのふた(贖罪所)である、純粋な、またその中に聖なるものでないならないこと。
Quod si populus non sacramentaliter communicat, sed solus Minister, tunc populus spiritualiter communicet, quia Ministri non pro se tantum, sed pro omnibus fidelibus, qui ad Corpus Christi pertinent, id obeunt. もし大衆(会衆)が秘跡として共に(共有)しないなら、しかし、仕える者(聖職者)だけ、その時、大衆(会衆)は霊的に共に(共有)する、仕える者(聖職者)はそれほどのものを自分自身のためにでなく忠実なすべての者のために、その者はキリストの身体に属する、そのことを果たす(行なう)からである。
Quod Missae non fieri debeant lingua vulgari, quia magnam continent populi fidelis eruditionem, sed ut Ministri aliquid declarent diebus Dominicis: ミサは普通の(平凡な)言語で行なわれてはならないこと、忠実な大衆(会衆)の大いなる学問(知識)を含むからである☆。しかし、仕える者(聖職者)は何らかのものを主の日に言明する(未来)こと。
☆ (誤訳とは思いませんが)この文章の意味がわかりません。会衆には「程度が高すぎる」ので、大衆にわかりやすい言葉をつかってはならない、ということでしょうか?
quod institutum sit, ut quaedam, quae mystica sunt, voce submissa, et quaedam elatiore, pronuntientur; 制定されていること、例えば(~のように)あるものは、それは神秘的なものである、従順な声で、またあるものは高まり(歓喜)の〔声で〕、発声される(述べられる)。
et quod, ut sit majestas tanti sacrificii quod offertur Deo, sint Lumina, Thymiamata, Vestes, et id genus alia. またこのことは、それほどのいけにえの威厳のために、それは神に捧げられる、照明、焼香、衣装、またそれが〔ある〕他の種類のもの。
Quod offerendum sit pro Vivorum peccatis, poenis, satisfactionibus, et quibusvis necessitatibus; 生きている(者)の罪の、罰の、贖罪のために捧げられなければならないこと、また必要なそれぞれの者に。
et pro Defunctis. また死んだ(者)のために。
Quod Missae in honorem Sanctorum sint gratiarum actiones propter quod intercedant dum implorantur. 聖徒の名誉(誉れ)の中でミサは恵み(感謝)の行為である、切願される時、介在する(仲裁する、執り成しする)ことのために。
(3) 訳文
3 ミサについて――
ミサのいけにえと言われる、キリスト自身が父なる神に捧げたいけにえはパンとぶどう酒の姿の下に表象されるからである。ここから〔その〕いけにえは真の純粋な贖罪所であり、その中に聖なるものしかない。
もし会衆が秘跡として共にしないで、聖職者だけが共にするなら、その時、会衆は霊的に共にする、聖職者はそれほどのものを自分自身のためにでなく、キリストの身体に属する忠実なすべての者のためにそのことを行なうからである。
ミサは普通の言葉で行なわれてはならない、忠実な会衆の大いなる学問を含むからである☆、しかし、聖職者は何らかのものを主の日に言明すべきであること――例えば、神秘的なものものは従順な声で、またあるものは歓喜の声で発せられることが制定されている。またこのことは、神に捧げられるいけにえの威厳のために、それほどの照明、焼香、衣装、また他の種類のものがある。
生きている者の罪の、罰の、贖罪のために、また必要なそれぞれの者に、また死んだ者のために、捧げられなければならないこと。
切願される時、執り成しすることのために、聖徒の誉れの中でミサは感謝の行為である。
☆ 会衆には「程度が高すぎる」ので、普通のわかりやすい言葉を使ってはならない、ということでしょうか?