[3] またその時、私は、かつて私が永遠からの神の本質と遍在について、すなわち、世の創造の前の神について考えたこと、また私の思考の観念から時間と空間をまだ取り除くことができなかったので、神の代わりに自然の観念が入ったので、私が悩まされたことを話した。しかし、私に言われた、「空間と時間の観念を取り除け、するとあなたは見る」。
取り除くことが与えられ、私は見た。その時から私は、永遠からの自然ではまったくない、永遠からの神を考えることができた。神はすべての時間の中に、時間なしに、またすべての空間の中に、空間なしに存在するからである、けれども、自然はすべての時間の中で、時間の中に、すべての空間の中で、空間の中に存在するからである。また自然はその時間と空間とともに始まらないことができない、けれども、神は〔そうしたことは〕ない、その者は空間と時間なしである。それゆえ、自然は神から、また永遠からでなく、しかし、時間の中に、すなわち、その時間と一緒に、また空間と同時に存在する。
☆ 「コリントⅡ」12:4参照。