[4.] His dictis, ecce visi sunt quatuor viri in candidis vestibus, et in tiaris; [4] これらで言われて、見よ、四人の男が見られた、白く輝く衣服で、また司教冠の中に。
unus ex illis fuerat in mundo archi-episcopus, et tres reliqui fuerant episcopi, nunc facti angeli. 彼らからの一人は世の中で大司教であった、また残りの三人は司教であった、今や、天使にされた。
Hi convocabant sacerdotes, et allocuti illos dixerunt, "Vidimus vos e caelo cum ovibus his, quomodo vos pascitis illos; これらの者が祭司たちを呼び集めた、また彼らに話しかけて、言った、「私たちはあなたがたを天界から見た、これらの羊とともに、どのようにあなたがたが彼らを飼っている(牧している)か。
pascitis illos usque ad insanias: あなたがたは彼らを狂気へまでも飼っている(牧している)。
nescitis quid per glorificationem Dei intelligitur; あなたがたは知らない、神の賛美によって何が意味されるか。
intelligitur fructus amoris ferre, hoc est, fideliter, sincere, et sedule suae functionis opus facere, hoc enim est amoris Dei, et amoris proximi, et hoc est vinculum societatis, et bonum ejus; 愛の実を結ぶことが意味される、すなわち、忠実に、誠実に、また勤勉に、自分の職務(役目)の働きを行なうこと、というのは、これが神の愛のものであるから、また隣人(の)愛の(もの)、またこれが社会を結びつけるもの(きずな)である、またその善。
per hoc glorificatur Deus, et tunc per cultum statis temporibus. このことによって神は賛美される、またその時、定められた時の礼拝によって。
Annon legistis haec Domini verba, あなたがたは主のこのことばを読んでいないのか?
"In hoc glorificatur Pater meus, ut fructum multum feratis, et reddamini discipuli mei?" (Joh. xv. 8). 「このことの中でわたしの父は賛美される(栄光を受ける)、あなたがたが多くの実を結ぶこと、またあなたがたがわたしの弟子に戻す(なる)(?)」(ヨハネ15:8)。
[5.] Vos sacerdotes potestis in cultus glorificatione esse, quia hoc est vestrum munus, et inde est vobis honor, gloria et remuneratio; [5] あなたがた、祭司たちは、礼拝の中で賛美の中にいることができる、これがあなたがたの職務(役目)であるので、またここからあなたがたに名誉、栄光また報酬がある。
sed usque vos non potestis plus quam illi in ea glorificatione esse, nisi honor, gloria, et remuneratio una cum vestro munere sint." しかしそれでも、あなたがたはそれ(に)以上にさらに、その賛美の中にいることができない、名誉、栄光また報酬がないなら、一緒にあなたがたに職務である」。
His dictis episcopi mandabant custodibus portae, ut intromitterent omnes, et emitterent omnes; これらで言われて、司教は門(入り口)の守衛に命令した、すべての者が入るように、またすべての者が出る。
"est enim multitudo, qui non aliud gaudium caeleste, quam perpetuum cultum Dei, potuerunt cogitare, quia non sciverunt aliquid de statu caeli." 「というのは、群衆(大勢)がいるから、その者は天界の何らかの楽しさを、神の絶え間のない礼拝以外に、考えることができないから、天界の状態について何も知らないので」。
(3) 訳文
738. この後、案内役の天使は会館の中へ、天界の楽しさと永遠の幸福は絶え間のない神の賛美であり、そして永遠に続く祝祭であることを堅く確信した者のもとに戻った。その理由は、世の中で、その時、神を見ることになることを信じたから、また神の礼拝からの天界の生活は絶え間のない安息日と呼ばれるからである。
これらの者に天使は言った、「私に従え、私はあなたがたをあなたがたの楽しさの中に導く」。
また、彼らを小さい都へ導いた、その中心に神殿(教会)があった、またすべての家は聖なる会館と呼ばれた。
その都の中で彼らは地のすべての隅から〔やって来る〕群衆を、また彼らの間に〔多〕数の祭司を見た、その者はやって来る者を受け入れ、挨拶をし、また、手でつかまえた者を神殿の扉へ導いた、またここから神殿のまわりの何らかの会館の中へ、また彼らを神の永久の礼拝の中に導いた。この都は天界への張り出し玄関である、またこの都の神殿は天界にある荘厳なまた最も大きい神殿への入り口であること、そこに神は天使たちにより、祈りでまた称賛で、永遠に賛美される、と言って――「標柱がここにそこにある。最初に神殿を入ること、またそこに三日三晩とどまる、またこの最初の段階の後、この都の家の中に、それらはそれだけ多くの(同数の)私たち(祭司)により清められた会館であり、会館から会館へ、またそこに、祈り、叫び、説教を唱える群衆とともに交際の中に〔入らなければならないことが書かれている〕――すべての点で(完全に)あなたがたは、あなたがたの中で聖なるもの、敬虔なものと宗教的なもの以外に、何かを考えないように、また仲間と話さないように用心せよ」。
[2] この後、天使は自分の従者たちを神殿の中へ導いた、それは、また多くの者で満ち、ぎっしり詰まっていた、その者は世の中で大きな地位の中にいた、そしてまた庶民からの多くの者であった、また守衛が、だれかが三日の滞在の前に去ることを許さないように門(入り口)に配置されていた。
また、天使は言った、「今日は、これらの者が入ってから二日である。彼らを観察せよ、すると、あなたがたは彼らの神の賛美を見る」。
また観察した、大部分の者を見た、居眠りをする者、また目覚めている者、あくびをする者、またあくびをする者――またある者は神への思考の絶え間のない高揚から、またそれら(思考)の逆戻りが身体に何もない〔こと〕から、身体から顔が隔離しているように〔見えた〕、というのは、そのように自分自身に、またここから他の者にもまた見えるから。ある者の目は、彼らの絶え間のない放心状態から精神が錯乱しているように〔見えた〕。 一言でいえば、すべての者は胸が圧迫された者、また飽きてしまって霊(精神)が疲れた者、また説教壇から背いた者、また叫ぶ者〔であった〕、「私たちの耳は鈍った、説教を終えよ、声はもはや聞かれない、音声を受けつけなり始めた」。
またその時、立ち上がり、一団となって門(入り口)へ突進し、それをこじ開けた、また守衛の中に追い立て、追い払った。
[3] これらを見て、祭司たちは彼らを追い、彼らの〔両〕側からつき添い、教えてまた教えて、祈って、ため息をついて、言った、「祭りを祝え、神を賛美せよ、あなたがたを神に捧げよ。この天界の張り出し玄関の中で私たちはあなたがたを、神の永遠の賛美の中へ、天界の中にある荘厳なまた最も大きい神殿の中へ、またこのように永遠の幸福の享受の中へと訓練する」。
しかし、これらは彼らに理解されなかった、またほとんど聞かれなかった、二日間の心の浮遊状態からの知覚力の欠如、また家事のことと公共のことからの制止ためにである。
しかし、祭司から離れようと努力するとき、祭司は彼らの腕を、そしてまた衣服をつかまえ、そこに説教が唱えられる会館へと追い立てた。しかし、むだだった。彼らは叫んだ、「私たちをそのままにせよ、私たちは身体の中に気絶を感じる」。
[4] これらが言われて、見よ、四人の男が、白く輝く衣服で、また司教冠で見られた。彼らからの一人は世の中で大司教、また残りの三人は司教であった、今や、天使にされた。
これらの者が祭司たちを呼び集め、彼らに話しかけて、言った、「私たちはあなたがたを天界から見た、これらの羊とともに、どのようにあなたがたが彼らを牧しているか。あなたがたは彼らを狂気へとまでも牧している。あなたがたは、神の賛美によって何が意味されるか知らない。〔神への賛美によって〕愛の実を結ぶことが意味される、すなわち、忠実に、誠実に、また勤勉に、自分の職務(役目)の働きを行なうことである、というのは、これが神の愛のもの、また隣人愛のものであるから、またこれが社会のきずな、またその善であるからである。このことによって、また定められた時の礼拝によって、その時、神は賛美される。
あなたがたは主のこのことばを読んでいないのか?
「あなたがたが多くの実を結ぶ、またあなたがたがわたしの弟子になる、このことの中でわたしの父は賛美される」(ヨハネ15:8)。
[5] あなたがた祭司たちは、礼拝の中で賛美の中にいることができる、これがあなたがたの役目であるので、またここからあなたがたに名誉・栄光・報酬がある。しかしそれでも、あなたがたに職務と一緒に名誉・栄光・報酬がないなら、あなたがたはそれ以上にさらに、その賛美の中にいることができない」。
これらが言われて、司教は門(入り口)の守衛に、すべての者が入る、またすべての者が出るように命令した。「というのは、天界の状態について何も知らないので、天界の何らかの楽しさを、神の絶え間のない礼拝以外に考えることができない群衆(大勢)がいるからである」。