(1) 原文「3897番」
22 Secundum institutum ante hoc caput explicanda
veniunt quae Dominus docuit de ultimo judicio seu de ultimus temporibus
Ecclesiae apud Matthaeum cap. xxiv.
Ante caput praecedens explicata sunt quae ibi a versu 19-22 continentur {1}, nunc sequuntur quae a versu 23-28, nempe,
Tunc si quis vobis dixerit, Ecce hic
est Christus aut ibi, ne credatis. Surgent enim falsi Christi, et falsi
prophetae, et dabunt signa magna et prodigia, ut seducant, si possibile, etiam
electos. Ecce praedixi vobis. Si ergo dixerint vobis, Ecce in deserto est, ne
exeatis; ecce in conclavibus, ne credatis. Sicut enim fulgur exit ab oriente et
apparet usque ad occidentem, ita erit etiam adventus Filii hominis. Ubicumque
enim fuerit cadaver, illic congregabuntur etiam aquilae.
@1 sunt
(2)
直訳
22 Secundum institutum ante hoc
caput explicanda veniunt quae Dominus docuit de ultimo judicio seu de ultimis
temporibus Ecclesiae apud Matthaeum
cap. xxiv. 意図(計画)にしたがって、この章〔第30章〕の前に説明されることへやって来ている、それらは主が最後の審判について教えられた、すなわち「マタイ(福音書)」第二十四章のもとで教会の最後の時について。
Ante caput
praecedens explicata sunt quae ibi a versu
19-22 {1}continentur, nunc sequuntur quae a versu 23-28, nempe, 先行する章〔第29章〕の前〔の部分〕に説明された、それらはそこに19~22節が含まれている、今や、続けられる、それらは23~28節から、すなわち、
Tunc si
quis vobis dixerit, Ecce hic est Christus aut ibi, ne credatis. その時、もし(たとえ)、だれかがあなたがたに言った(にしても)、「見よ、ここにキリストがいる」、または「そこに」、あなたがたは信じないように。
Surgent
enim falsi Christi, et falsi prophetae, et dabunt signa magna et prodigia, ut
seducant, si possibile, etiam electos. というのは、にせキリストたちが立ち上がる(現われる)から、また、にせ預言者たちが、また大きなしるしと兆し(前兆)を与える、惑わすために、もし可能なら、選ばれた者もまた。
Ecce
praedixi vobis. 見よ、わたしはあなたがたに予言した。
Si ergo
dixerint vobis, Ecce in deserto est, ne exeatis; それゆえに、もし(たとえ)、〔彼らが〕あなたがたに言った(にしても)、「見よ、荒野の中に〔いる、と聞いても〕、あなたがたは外に出ないように。
ecce in
conclavibus, ne credatis. 見よ、部屋の中に〔いる、と聞いても〕、あなたがたは信じないように。
Sicut enim
fulgur exit ab oriente et apparet usque ad occidentem, ita erit etiam adventus
Filii hominis. というのは、いなずまが東から出る(発する)ように、また西にまで見られる、そのようにであるから、人の子の到来もまた。
Ubicumque
enim fuerit cadaver, illic congregabuntur etiam aquilae. というのは、どこでも死体のある〔ところに〕、その場所にワシ☆もまた集められる。
☆ この個所のワシが新改訳聖書では「はげたか」となっています。変なので原語を見たところ「アエトス」であり、この言葉は黙示録4:7、8:12のように「ワシ」です(その個所を「はげたか」と訳したら奇妙過ぎます)。同一語は同一の訳語とすべきです。おそらく、「死体」から「はげたか」とつい意訳したくなりますが、字面では、また表面上は、読みやすいでしょう。しかし、内意を問題とする時、してはなりません、聖書の訳は字義どおりであるべきです。(ワシの内意については『黙示録講解』281(黙示録4:7の部分の解説)に詳しく述べてあります)。
@1 sunt 注1 sintをcontinenturに換えた。
(3)
訳文(『天界の秘義』3897番)
22 意図にしたがって、この章〔第30章〕の前に説明されることへ、主が「マタイ福音書」第二十四章で、最後の審判について、すなわち、教会の最後の時について教えられたことへやって来ている。先行する章〔第29章〕の前〔の部分〕で、そこの19~22節が含まれていることが説明され、今や、23~28節から続けられる、すなわち、
その時、たとえ、だれかがあなたがたに、「見よ、ここにキリストがいる」、または「そこに」と言っても、あなたがたは信じないように。というのは、にせキリストたち、にせ預言者たちが現われ、また大きなしるしと兆しを、惑わすために与えるから、もし可能なら、選ばれた者にもまた。
見よ、わたしはあなたがたに予言した。それゆえ、〔彼らが〕あなたがたに、「見よ、荒野の中にいる」と言っても、あなたがたは外に出ないように。「見よ、部屋の中に〔いる、と言っても〕」、あなたがたは信じないように。
というのは、いなずまが東から発し、西にまで見られるように、人の子の到来もまたそのようであるから。というのは、どこでも死体のあるところにワシもまた集められるから。