原典講読『みことばとその内意』 追加4(訳文)

 

(3) 訳文


1888. みことばの文字どおりの意味は神的なアルカナの表象であり、容器であること、このように主の天的なものと霊的なものの貯蔵所であることを、二つの例で説明することが許されている。一つは、ダビデによってダビデが意味されないで、主が意味されること。もう一つは、名前は事柄以外の何らかのものを何も意味しないことである。したがって、〔みことばの〕残りの(他の)もの〔もそのようなものである〕。


 ダビデについて「エゼキエル書」に、次のように言われている、


 


 わたしのしもべダビデは、彼らの上の王に、すべての者にひとりの牧者となる。……彼らは地の上に住むようになる…彼ら、また彼らの息子たち、また彼らの息子たちの息子たちは永遠にまでも。わたしのしもべダビデは、永遠に彼らの君主となる。37:24, 25


 


 また「ホセア書」に、


 


 イスラエルの息子たちは戻り、自分たちの神、エホバを、自分たちの王ダビデを求める。3:5


 


 これらはそれらの預言者たちによりダビデの時代の後に書かれたが、それでも彼が王、また彼らの君主となることあからさまに言われており、それらのそれぞれのものから、ダビデによって内意で主が意味されることを明らかにすることができる。そのように、他の箇所の中に、さらにまた歴史として書かれたものの中に、そこにダビデが名前を挙げられている。


[2] 王国、地域、都、人物の名前が物事を意味することは、預言書にはっきりと明らかにすることができる。例として、「イザヤ書」の次のことだけを取り上げる、


 


 このように万軍のエホビ(エホバ)主は言われた、


わたしの民、シオンの住民よ、あなたは恐れるな、アッシュール(アッシリア)ために。


〔彼は〕棒であなたを打つ、またエジプトの道の中で、あなたの上に杖を取り上げる。…


 万軍のエホバが、ホレブの岩で、ミデアンの打撃のように、彼の上にむちを揺り動かす、また自分の棒をエジプトの道の中で、海の上で取り上げる。…


 アヤテにやって来る。ミグロンの中を通り過ぎる。ミクマスに自分の武器に任せる。マバラムを通り過ぎる。ゲバは私たちの宿泊所。ホルマ(ラマ)は震える。サウルのギベアは逃げる。


 ガリムの娘よ、あなたの声を叫ばせよ。聞け、ライシュよ。哀れなアナトテ。マデミナはさまよう。


 ゲビムの住民たちは互いに集まる。〔その〕日まで存続するためにノブの中にいる。


 シオンの娘の山は、エルサレムの丘は自分の手を振る。…


〔彼は〕鉄で森の絡み合ったものを切り倒す、レバノンは荘厳なものによって倒れる。10:24, 26-34


 


[3] ここにはほとんど単なる名前だけがあり、個々の名前が事柄を意味しないならそれらから何らかの意味は生じない。そしてもし、心がその名前に固執するなら、主のみことばであったことは決して認められない。


しかし、それらのすべてのものが内意で天界のアルカナを含んでいること、またそれらによって、記憶知からの誤った推論によって信仰の神秘の中に入ることを試みる者の状態が述べられていること、またそれぞれの名前によってその何らかの特別の状態が述べられていること、なおまた、それらの誤った推論は主からの愛の天的なものと信仰の霊的なものによって追い散らされることを、だれが信じるのか?  


ここに扱われている「アッシュール(アッシリア)」によって誤った推論が意味されるが、それらはアッシュール(アッシリア)について示されていることからはっきりと明らかにすることができる、119, 1186番。また「エジプト」によって記憶知が〔意味され〕、そのようであるかどうかは、1164,
1165, 1462
番に見られ、調べられる。他の名前も同様であり、また個々の言葉も同様である。

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