(3) 訳文
215 けれども、尿そのものに対応する者は、地獄の者である、なぜなら、尿は、前に言われたように、すでに血から分離されており、身体の外にあり、そして本質的に投げ落とされるものである不潔なまた使い古した漿液にほかないからである。彼らについて次のことを述べることが許されている――
ある霊がいた、最初に身体の内部に知覚されたが、しかし、間もなく右に向かって外にいた、そこに立ったとき、目立たなかった、〔というのは〕自分自身を技巧で目立たなくすることができた〔から〕。質問された時、決して何も答えなかった。他の者から、いのちが身体の中にあったとき海賊行為を行なった、と言われた、というのは、それぞれの者のいのちは残るので、だれでどんなものであったか、来世の中で情愛と思考のいのちのスフェアからはっきりと認められるから。
[2] 彼は、時には右に、時には左に見られて場所を変えた。私は、だれであったか知られないように、また何かを認めること強いられないように、そのことを恐怖から行なったことを知覚した。他の霊たちから、このような者は少しでも危険があるなら最も臆病であり、また危険が何もないとき最も勇敢である、またこのような者は尿の放出に対応する者に対立している、どんな方法でもそのことに害を与えることに専念している、と言われた。私が疑わないように、経験から、そのことが示された〔のである〕。尿の放出に対応する者が、少しばかりひき戻り、またその
[3] その後、彼は海賊であったことを、自分自身を巧みに隠すことができたこと、そして追跡する者を狡猾にまた入念に欺いたと言って、認めた。また、今や、不潔な尿を澄んだ水よりも多く愛すること、また悪臭のある尿が、よどんだ水の中に、それどころか、悪臭のある尿の水がめの中に居場所を持つことを欲するほどにも最も楽しい〔と言った〕。どのような顔であったもまた示されたが、彼に顔はなく、しかし、何らかの黒いひげが顔の代わりにあった。
[4] その後、他の海賊もまた、このように勤勉でない者たちが呼び出され、彼らもまたほとんど話さなかったが、驚くことに、歯ぎしりした。彼らもまた、尿をすべての液体よりも、また(おりのような)不潔なものを他のものよりも愛する、と言った。しかし、彼らに前の者のような顔の代わりのひげはなく、しかし、恐ろしい格子のような歯があった。というのは、ひげと歯は最低の自然的なものに対応するから。顔がないことは、理性的ないのちが何もないことを意味する。なぜなら、何らかの顔が見られないことは、「最大の人」に対応する内的なものが何もないことしるしであるから、というのは、来世の中でそれぞれの者は天界の光の中で対応にしたがって、ここから、地獄の者はぞっとする醜さの中で見られるから。