原典講読『最大の人とその対応』 181(訳文)

 

(3) 訳文


181 私しつぶすられまたそれにあるがいて、鉄道具をもっていた。その幻想から自分自身の容器の中で人間をつき砕き、彼らを怖ろしい仕方で苦しめているようにえた。このきなさとともにそれをなった。快さそのものがこのような者である彼らにどんなものでどれほど大きかったか、私るようにえられた。地獄
さであった。天使から、「このようなさがヤコブの子孫支配した。またらは人々(異教徒)残忍うこと以外さを知覚しなかった。した者を野獣にむさぼりわせてさらすことのこぎりやきたまま切断することれんがのかまどをってかせること、「サムエル記Ⅱ」12:31、幼児を〔何かに〕ぶつけて、てることである」とわれた。このようなことは、脱臼したももの神経を持つ者〔ヤコブの子孫、5051番参照〕でないなら、決して命じられなかったし、どんな場合でも許されなかった。このような者は右のかかとの下に住んでいる、そこに姦淫者がおり、その者は残酷な者でもある。


[2] そこで、それでもその民族が他の民族のよりも〔神に〕選ばれた者であった、とを信じるた者がいることは驚くべきことである。さらにまたここから、多くの者が、生活は何も行なわない、しかし神の選びである、またここから天界へ受け入れられることは生活がどんな種類であったにしても慈悲だけからであることを自分自身に確信している。そのときそれでも、だれでも健全な理性から、このように考えることが神性に反していることを見ることができる。というのは、神性は慈悲そのものであるから、そのために、もし天界が慈悲だけから〔ということに〕なるなら、生活がどんな種類であったにしても、すべての者はどれほど多くいても、受け入れられる。ある者を地獄の中に苦しめられる(拷問される)ために押し下げることは、それでも天界に受け入れられることができるとき、慈悲でなく無慈悲なる、そしてある者を他の者よりも選ぶことは公正でなく、不正となる。


[3] そのために、ある者は選ばれ、他の者は選ばれない、またどんな生き方をしたにしても(悪の生活を送った者の大部分はこのような者であった)天界は慈悲からの許可だけであることを信じ、自分自身に確信している者に、さらにまた私がしばしば見た、また聞いたことであるが、「だれにも主により天界は拒まれない、またもし望むなら、経験からそのことを知ることができる」と言われた。そのために、天界のある社会の中に上げられた、そこに善の情愛の中にまたは仁愛の生活の中に暮らした者がいる。しかし、そこにやって来る時、悪い者であり、そして生活(いのち)が彼らに対立したもの〔である〕ので、苦しめられ、内部で痛みを感じ始める。また天界の光が現われるき、彼らはその光の中で悪魔のように、ほとんど人間の形のない、ある者はへこんだ顔の、ある者は歯の格子のような、ある者は〔それらとは〕異なる怪物のように見られ、そのように自分自身を忌み嫌い、自分自身を地獄の中に真っ逆さまに投げ落とし、これが深ければ深いほどますます彼らにとってよい。

原典講読『最大の人とその対応』 182

 

(1) 原文「5058番」


182 Erat etiam quidam qui in mundo inter digniores fuerat, tunc mihi notus sed non qualis esset intus, verum in altera vita post aliquas revolutiones status ejus vitae, manifestatus quod dolosus esset; is cum aliquantisper inter dolosos in altera vita fuerat et ibi dura passus, voluit ab illis separari; audiebam illum tunc dicentem quod vellet venire in caelum, is quoque crediderat quod solum esset receptio ex misericordia, sed dicebatur ei, si illuc veniret quod non posset ibi morari et quod ibi cruciaretur sicut illi qui in mundo in agone mortis sunt, sed usque instabat; is quoque admissus est in societatem ubi simplices boni, qui antrorsum supra caput; at cum illuc venit, secundum vitam suam incepit agere per astus et dolos; {1}inde post horulae tempus coeperunt boni ibi qui simplices erant, lamentari quod iis perceptionem boni et veri adimeret, ac inde eorum jucundum, destruendo sic statum illorum; {2}tunc aliquid lucis a caelo interiore admittebatur, in qua apparebat ibi sicut diabolus, et ejus nasi pars superior foede insulcata cum foedo {3} vulnere; ac coepit quoque intus cum cruciari; quod cum sensit, projecit se inde in infernum. Inde patet quod non electo et receptio {4}sit ex misericordia, sed quod vita sit quae facit caelum; ast omnia vitae boni et fidei veri ex misericordia sunt illis in mundo qui misericordiam recipiunt, et illis est receptio ex misericordia, et sunt illi qui electi vocantur, n. 3755 f, 3900.


@1 tunc @2 mox aliquid lucis e caelo interiore admittebatur et tunc is apparebat @3 i ibi @4 sit after electio


 


(2) 直訳


182 Erat etiam quidam qui in mundo inter digniores fuerat, tunc mihi notus sed non qualis esset intus, verum in altera vita post aliquas revolutiones status ejus vitae, manifestatus quod dolosus esset; る者がいた、その者は世の中でさらに高位の者の間にいた、その時、私に知られた、しかし内部がどのような者であったか〔知られ〕ない、けれども来世で、彼のいのち(生活)の状態のいくつかの回転(変遷)の後で、狡猾であったことが明らかにされた。


is cum aliquantisper inter dolosos in altera vita fuerat et ibi dura passus, voluit ab illis separari; 彼は狡猾な者の間に、来世でしばらくの間いた、またそこに困難(きびしいこと)を受けた(被った)、彼らから離れることを欲した。


audiebam illum tunc dicentem quod vellet venire in caelum, is quoque crediderat quod solum esset receptio ex misericordia, sed dicebatur ei, si illuc veniret quod non posset ibi morari et quod ibi cruciaretur sicut illi qui in mundo in agone mortis sunt, sed usque instabat; 私いたその時、言っている、天界にやってることをしていること、彼もまたじていた、単に慈悲から受け入れがあること、しかし、彼に言われた、もしそこにやって来るなら、そこにとどまることができないこと、またそこに彼らのように苦しめられること、世の中で死の苦しみ(もがき)中にいる者、しかしそれでも、固執した(言い張った)


is quoque admissus est in societatem ubi simplices boni, qui antrorsum supra caput; 彼(もまた)社会れられたそこに善良単純たちそのは頭の上方の正面の方向に。


at cum illuc venit, secundum vitam suam incepit agere per astus et dolos; しかしそこへやってたとき、自分のいのちにしたがって狡猾(欺瞞)(策略)よって行動めた


{1}inde post horulae tempus coeperunt boni ibi qui simplices erant, lamentari quod iis perceptionem boni et veri adimeret, ac inde eorum jucundum, destruendo sic statum illorum; ここからしの時間後、そこに善良な者たちは、その者は単純であった、嘆き始めた、彼らに(から)善と真理の知覚を取り除くことを、そしてここから彼らの快さを、このように彼らの状態を破壊して。


{2}tunc aliquid lucis a caelo interiore admittebatur, in qua apparebat ibi sicut diabolus, et ejus nasi pars superior foede insulcata cum foedo {3} vulnere; その時、内的天界かららかのれられたそのでそこに悪魔のようにられたまた()部分まれていた〕。


ac coepit quoque intus cum cruciari; そしてまた内部で苦しめられ始めた。


quod cum sensit, projecit se inde in infernum. そのことを感じた時、自分自身をここから地獄の中に投げ込んだ。


Inde patet quod non electo et receptio {4}sit ex misericordia, sed quod vita sit quae facit caelum; ここから明らかである、選ぶことと受け入れでないこと、慈悲から、しかし、生活であること、それが天界をつくる。


ast omnia vitae boni et fidei veri ex misericordia sunt illis in mundo qui misericordiam recipiunt, et illis est receptio ex misericordia, et sunt illi qui electi vocantur, n. 3755 f, 3900. けれども、善の生活と信仰の真理のすべてのものは慈悲から彼らに世の中で、慈悲を受けた者にある、また彼らに慈悲から受け入れがある、また彼らは選ばれた者と呼ばれる者である、3755番以降、3900


@1 tunc 注1 tuncindeに換えた


@2 mox aliquid lucis e caelo interiore admittebatur et tunc is apparebat 注2 mox aliquid lucis e caelo interiore admittebatur et tunc is apparebattunc aliquid lucis a caelo interiore admittebatur, in qua apparebatに換えた


@3 i ibi 注3 ibiを補うとよい


@4 sit after electio 注4 electioの後ろにあったsitをここに置いた


 


(3) 訳文


182 世の中で高位の者の間にあった者がいた、その時、私に知られた〔者であったが〕、しかし内部がどのような者であったか〔知ら〕ない、けれども来世で、彼の生活の状態のいくつかの変化の後で、狡猾であったことが明らかにされた。彼は来世で狡猾な者の間に、しばらくいた、またそこできびしいこと被り、彼らから離れることを欲した。その時、私、彼、天界にやってることをしている、とっているのをいた。もまた、単に慈悲から受け入れられることを信じていた。しかし、彼に、もしそこにやって来るなら、そこにとどまることができないこと、またそこでは世で死の苦しみ中にいる者のように苦しめられる、と言われた。しかしそれでも、固執した。彼もまた、頭の上方の正面の、善良単純社会れられたしかしそこへやってたとき、自分のいのちにしたがって狡猾きによって行動めたここからしばらくの後、そこの単純であった善良な者は、自分たちから真理の知覚を〔彼が〕取り除くことを、そしてここからこのように自分たち状態を破壊して、自分たちの快さを取り除くことを嘆き始めた。その時、内的天界かららかのれられそのでそこに悪魔のようにまた部分まれていたのがられたそして内部でもまたしめられめたそのことをじた時、ここから自分自身地獄んだ


 ここから、〔天界るのは〕慈悲から、選ばれ、受れられることではなくしかし、天界をつくるものは生活であることがらかであるけれども、世慈悲けた、慈悲から生活信仰真理のすべてのものがありまたらに慈悲かられられ、彼らがばれたばれるである3755番以降、3900番。