原典講読『最大の人とその対応』 135([5],[6])

 

[5] Visa mihi mulier quae exporrigebat manum suam volens genam mulcere, quod cum miratus sum, dixit quod cum in mundo fuit, talis mulier ei {14}saepe visa sit quae quasi mulceret ejus genam, et quod ejus manus pulchra fuisset; [5] られた、彼女自分ばしたほほをなでることをしてそのことを私が驚いた(不思議がった)とき、言った、世の中にいたとき、このような女が彼にしばしば見られたこと、彼女はあたかも彼のほほをなでるかのようであった、またその手は美しかったこと。


spiritus angelici dicebant quod tales priscis quandoque visae fuerint et ab illis vocatae ‘Pallades’, et quod apparuerit ei ex spiritibus qui {15}cum homines antiquis temporibus vixerunt, delectati fuerunt ideis et indulserunt cogitationibus, sed absque philosophia, et quia tales apud illum fuerunt et delectati illo quia cogitavit ab interiore, repraesentative talem mulierem stiterunt. 天使的たちがった、このような者は古代人に時々、見られた、また彼らから「パラスたち」と呼ばれた、また霊たちから彼に見られたこと、その者は古代の(大昔の)時代に人間が生きたとき、観念を楽しんだ(喜んだ)、また思考にふけったこと、しかし哲学☆なしに、また彼のもとにこのような者がいたので、また彼を喜んだ、彼が内的なものから考えたので、このような女が表象的に示された。


「哲学」という言葉は明治期(西周)翻訳語です。しかし、私にはよくない訳語の一つのように思えます。もっと適切な訳語だったら、大げさにいえばその後の学問の流れが変わったかもしれません。語源のギリシア語フィロソフィアは「知恵を愛する人」の意味であり、ここでもずばり「知恵を愛することなしに」、で意味はよく通じます。ただ学問の一分野として捕えられている言葉ではないことは「彼には哲学がある」「人生哲学」と言い方もするように「人生観」といった広い意味があり、その意味での「哲学」ならこのままでよいでしょう。


[6] Ultimo indicavit qualem ideam habuerat de anima seu spiritu hominis, quem vocabat ‘pneuma’, quod nempe esset inconspicuum vitale sicut aliquid aetheris; [6] 最後に、知らせた、人間の霊魂または霊について、〔アリストテレスが〕どのような観念を持っているか、それを「プネウマ」と呼んだ、すなわち、エーテルの何らかのもののように目に見えない生命力であったこと。


et dixit quod noverit spiritum suum victurum post mortem quia esset essentia ejus interior quae non potest mori quia potest cogitare; またった、自分の霊が死後、生きる、と知っていたこと、自分のさらに内的な本質であったので、それは死ぬことができない、考えることができるので。


et quod praeterea de eo non distincte cogitare potuerit, sed modo obscure, quia aliunde {16}de illo aliquam cognitionem non habuerat quam ex se, et parumper etiam ex antiquis. またさらにそのことについて〔言った〕、区別して(明確)えることができなかったことしかし、単にあいまいに(ぼんやりと)、別の源泉からそのことについて何らかの考えを自分自身から以外に持てなかった、またわずかに、古代人からもまた。


Praeterea Aristoteles est inter sanos spiritus in altera vita, et plures ejus asseclae inter fatuos. さらにアリストテレスは健全にいる、来世また信奉者(追随者)くのかな〔霊〕間


@14 saepius 注14 saepiussaepeに換えた


@15 antiquo tempore vixerunt qui 注15 antiquo tempore vixerunt quicum homines antiquis temporibus vixeruntに換えた


@16 ejus 注16 ejusdeに換えた




(3) 訳文


[5] られ、彼女ほほをなでることをして自分ばしたそのことを私が不思議がったとき、〔天使は〕言った、世の中にいたとき、このような女が彼にしばしば見られたこと、彼女はあたかも彼〔アリストテレス〕のほほをなでるかのようであった、またその手は美しかったこと。天使的たちがった、このような者は古代に人間が生きたとき、観念を喜び、また思考にふけったが、しかし哲学なしのない古代人に時々、見られ、また彼らから「パラスたち」と呼ばれ、また霊たちから彼に見られたこと、〔そして〕彼のもとにこのような者がいて、その者は内的なものから考えたので彼を喜んだので、このような女が表象的に示された。


[6] 最後に、〔アリストテレスが〕「プネウマ」と呼んだ人間の霊魂または霊について、どのような観念を持っているか、すなわち、何らかのエーテルのように目に見えない生命力であったことを知らせた。またった、〔アリストテレスは〕自分の霊が死後、考えることができるので死ぬことができない自分のさらに内的な本質であったので、生きる、と知っていたこと。またさらにそのことについて明確にではなく、単にあいまいにしかえることができなかったことそのことについて何らかの考えを自分自身から以外に別の源泉から、古代人からもまたわずかにしか持てなかった〔と言った〕。さらに、来世アリストテレスは健全にいるまた追随者くはかなにいる〔と言った〕。



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