原典講読『最大の人とその対応』 135([3],[4])(直訳)

 

[3] Locutus cum illo dein de Scientia Analytica, et dabatur dicere quod puerulus per dimidium horae plus philosophice, analytice, et logice loquatur, quam ille potuisset per volumina describere, ex causa quia omnia cogitationis et inde loquelae humanae sunt analytica quorum leges sunt ex mundo spirituali; [3] とその後、分析的議論〔について知識についてしたまたうことがえられた、小さな少年半分時間(して)もっと哲学的、分析的また論理的それ〔知識〕(書物)によって述べることができる、理由から、人間の思考のすべてのものとそこからの話しは分析的なものであるので、それらの法則は霊界からである。


et qui artificialiter ex terminis cogitare vult, quod is non absimilis sit saltatori qui vult discere saltare ex scientia motricium fibrarum et musculorum, in qua si haereret animus ejus cum saltat, tunc vix movere posset pedem; また、術語から人為的に(技巧的に)えることを欲する者は、彼は踊る人に似ていないでないこと、その者は繊維と筋肉の運動の知識から踊ることを学ぶことを欲する、その〔知識〕の中にもしアニムスがしがみつくなら、踊るとき、その時、足をほとんど動かすことができない。


et tamen is absque scientia illa movet omnes fibras motrices sparsas circum universum corpus, et applicate pulmones, diaphragma, latera, brachia, collum, et reliqua {11}, quibus omnibus describendis non sufficerent volumina; またそれでも、彼はその知識なしに全身のまわり(取り巻いて)在しているすべての運動繊維を動かしている、また当てはめて、肺、横隔膜、わき腹、腕、首、また残りの(他の)もの、それらのすべてのものを述べて、巻き物(書物)は十分でない(足りない)


et quod similiter se habeat cum illis cui ex terminis volunt cogitare; また同様に振る舞う(である)と、彼らに、その者に、術語から考えることを欲する。


haec ille approbavit, dicens si illa via addiscantur, quod inverso ordine procedant; これらを彼は是認した、言って、もしその道(方向)が学んで獲得されるなら、〔彼らは〕逆の順序で進む。


addens, si quis fatuus esse velit, {12} ita procedat, sed cogitet jugiter de usu et ex interiore. 加えて、もし、だれかが愚かであることを欲するなら、〔彼は〕このように進む(接続)、しかし、役立ちについて、また内的なものから常に考える(接続)


[4] Dein mihi ostendit qualem ideam habuerat de Summo Numine, quod nempe repraesentaverit sibi Illum facie humana circum caput cinctum circulo radioso; [4] その後、私に示した、「最高の神☆」についてどのような観念をもっているか、すなわち、自分自身に「その者」を表象した、人間の顔で、頭のまわりを取り巻いた、輝く円(輪、環)で。


numenは、特に異教の神やその神性を意味します。


et quod nunc sciat quod Dominus sit Ipse Ille Homo et quod circulus radiosus sit Divinum ab Ipso, quod non modo influit in caelum sed etiam in universum, {13}ac disponit et regit illa; また今や知っていること、主が「その者」人間そのものであること、また輝く円(輪、環)はその方からの神性であること、天界の中だけでなく、しかしまた全世界の中に流入すること、そしてそれらを整える(統制する)、また支配すること。


addens, qui caelum disponit et regit, etiam disponit et regit universum quia unum ab altero separari nequit; 言いたし(加えて)、天界を整え(統制し)支配する者は、全世界もまた整え(統制し)支配する、一つはもう一つから分離されることができないので。


et quoque dixit quod crediderit solum unum Deum, cujus attributa et qualitates insigniverant tot nominibus quot alii deos coluerunt. そしてまた、言った、ひとりの神だけを信じたこと、その属性と特質(性質)は区別された、他の神々とそれと同数のそれだけ多くの☆名前で崇拝した。


tot quot~」の相関文です。有名な例はquot capita toto anima「頭と同数のそれだけ多くの心」すなわち「十人十色」です。


@11 i membra 注11 membraを補うとよい


@12 i is 注12 isを補うとよい


@13 addens, quod qui caelum regit, etiam regat universum 注13 addens, quod qui caelum regit, etiam regat universumac disponit et regit illa; addens, qui caelum disponit et regit, etiam disponit et regit universumに換えたくの名前崇拝されて、区別されたった

原典講読『最大の人とその対応』 135([3],[4])(訳文)

 

(3) 訳文


[3] とその後、分析的なもの知識について、小さな少年半時間もっと哲学的、分析的また論理的、と言うことがえられた。それ〔知識〕を、書物によってべることができる。その理由、人間思考のすべてのものとそこからのしは、それらの法則霊界からの分析的なものであるからであるまた、術語から技巧的えることをする、繊維筋肉運動知識からることをぶことをするていないこともないもしアニムスがその〔知識〕にしがみつくなら、踊時、足をほとんどかすことができないそれでも、彼その知識なしに全身のまわりするすべての運動繊維、肺、横隔膜、わき腹、腕、首、またそのものをかしているそれらのすべてのものをべるなら、その書物りない。術語からえることをする者もまた同様であるこれらを、もしその(方法)んで獲得されるなら、〔彼らは〕逆順序、と言って是認した。加えて〔言った〕もしだれかがかであることをするならこのように進であろう、しかし、役立ちについてまた内的なものからえなくてはならない


[4] その後、私、「最高神」についてどのような観念をもっているかすなわち、自分自身その者」、頭のまわりをいた人間表象また、主がその人間そのものであることまたはそのからの神性であり、天界だけでなく、全世界にもまた流入することそしてそれらを統制、支配することっていること、天界統制支配する、一つはもうつから分離されることができないので、全世界もまた統制支配することをいたししたそしてまたひとりのだけをじたことその属性特質、他神々とそれと同数のそれだけくの名前崇拝されて、区別されたった

原典講読『最大の人とその対応』 135([5],[6])

 

[5] Visa mihi mulier quae exporrigebat manum suam volens genam mulcere, quod cum miratus sum, dixit quod cum in mundo fuit, talis mulier ei {14}saepe visa sit quae quasi mulceret ejus genam, et quod ejus manus pulchra fuisset; [5] られた、彼女自分ばしたほほをなでることをしてそのことを私が驚いた(不思議がった)とき、言った、世の中にいたとき、このような女が彼にしばしば見られたこと、彼女はあたかも彼のほほをなでるかのようであった、またその手は美しかったこと。


spiritus angelici dicebant quod tales priscis quandoque visae fuerint et ab illis vocatae ‘Pallades’, et quod apparuerit ei ex spiritibus qui {15}cum homines antiquis temporibus vixerunt, delectati fuerunt ideis et indulserunt cogitationibus, sed absque philosophia, et quia tales apud illum fuerunt et delectati illo quia cogitavit ab interiore, repraesentative talem mulierem stiterunt. 天使的たちがった、このような者は古代人に時々、見られた、また彼らから「パラスたち」と呼ばれた、また霊たちから彼に見られたこと、その者は古代の(大昔の)時代に人間が生きたとき、観念を楽しんだ(喜んだ)、また思考にふけったこと、しかし哲学☆なしに、また彼のもとにこのような者がいたので、また彼を喜んだ、彼が内的なものから考えたので、このような女が表象的に示された。


「哲学」という言葉は明治期(西周)翻訳語です。しかし、私にはよくない訳語の一つのように思えます。もっと適切な訳語だったら、大げさにいえばその後の学問の流れが変わったかもしれません。語源のギリシア語フィロソフィアは「知恵を愛する人」の意味であり、ここでもずばり「知恵を愛することなしに」、で意味はよく通じます。ただ学問の一分野として捕えられている言葉ではないことは「彼には哲学がある」「人生哲学」と言い方もするように「人生観」といった広い意味があり、その意味での「哲学」ならこのままでよいでしょう。


[6] Ultimo indicavit qualem ideam habuerat de anima seu spiritu hominis, quem vocabat ‘pneuma’, quod nempe esset inconspicuum vitale sicut aliquid aetheris; [6] 最後に、知らせた、人間の霊魂または霊について、〔アリストテレスが〕どのような観念を持っているか、それを「プネウマ」と呼んだ、すなわち、エーテルの何らかのもののように目に見えない生命力であったこと。


et dixit quod noverit spiritum suum victurum post mortem quia esset essentia ejus interior quae non potest mori quia potest cogitare; またった、自分の霊が死後、生きる、と知っていたこと、自分のさらに内的な本質であったので、それは死ぬことができない、考えることができるので。


et quod praeterea de eo non distincte cogitare potuerit, sed modo obscure, quia aliunde {16}de illo aliquam cognitionem non habuerat quam ex se, et parumper etiam ex antiquis. またさらにそのことについて〔言った〕、区別して(明確)えることができなかったことしかし、単にあいまいに(ぼんやりと)、別の源泉からそのことについて何らかの考えを自分自身から以外に持てなかった、またわずかに、古代人からもまた。


Praeterea Aristoteles est inter sanos spiritus in altera vita, et plures ejus asseclae inter fatuos. さらにアリストテレスは健全にいる、来世また信奉者(追随者)くのかな〔霊〕間


@14 saepius 注14 saepiussaepeに換えた


@15 antiquo tempore vixerunt qui 注15 antiquo tempore vixerunt quicum homines antiquis temporibus vixeruntに換えた


@16 ejus 注16 ejusdeに換えた




(3) 訳文


[5] られ、彼女ほほをなでることをして自分ばしたそのことを私が不思議がったとき、〔天使は〕言った、世の中にいたとき、このような女が彼にしばしば見られたこと、彼女はあたかも彼〔アリストテレス〕のほほをなでるかのようであった、またその手は美しかったこと。天使的たちがった、このような者は古代に人間が生きたとき、観念を喜び、また思考にふけったが、しかし哲学なしのない古代人に時々、見られ、また彼らから「パラスたち」と呼ばれ、また霊たちから彼に見られたこと、〔そして〕彼のもとにこのような者がいて、その者は内的なものから考えたので彼を喜んだので、このような女が表象的に示された。


[6] 最後に、〔アリストテレスが〕「プネウマ」と呼んだ人間の霊魂または霊について、どのような観念を持っているか、すなわち、何らかのエーテルのように目に見えない生命力であったことを知らせた。またった、〔アリストテレスは〕自分の霊が死後、考えることができるので死ぬことができない自分のさらに内的な本質であったので、生きる、と知っていたこと。またさらにそのことについて明確にではなく、単にあいまいにしかえることができなかったことそのことについて何らかの考えを自分自身から以外に別の源泉から、古代人からもまたわずかにしか持てなかった〔と言った〕。さらに、来世アリストテレスは健全にいるまた追随者くはかなにいる〔と言った〕。