原典講読『最大の人とその対応』 135 [2] (直訳)

 

[2] Interea locuti sunt inter se bini supra caput, et cum quaesitum quinam essent, dictum quod unus illorum esset famigeratissimus quidam in orbe litterato, et dabatur mihi credere quod esset Aristoteles; [2] その、二つが自分たちの間で頭の上方で話した、まただれであったか尋ねられるとき、彼らの一つは学問の世界で最も有名なある者であったことが言われた、また私に信じることが与えられた、アリストテレスであったこと。


alter quinam esset, non dicebatur; もう一人がだれであったか、言われなかった。


ille tunc mittebatur in statum in quo fuit cum vixit in mundo; 彼は、その時、世の中で生きていたときその中にいた状態の中に入れられた。


quilibet enim in statum suae vitae quem habuit in mundo, facile mitti potest quia omnem vitae suae statum secum habet: というのは、どんなものでも自分のいのち(生活)の状態の中に、それを世で持った、容易に入れられることができるから、自分のすべてのいのち(生活)の状態を付属物として持つ(伴う)ので。


{3}at quod miratus, {4}applicabat se ad dextram aurem et ibi {5}loquebatur rauce sed usque sane; しかし、驚くべきことに、自分自身を右の耳に接触させた、またそこにしゃがれ声で話した、しかしそれでも正気で(確かに、理性的に)


ex loquelae ejus sensu appercepi quod is prorsus alio genio esset quam scholastici illi qui primum {6}emerserunt, quod nempe is ex cogitatione sua excluserit illa quae scripserat et inde philosophica sua produxerit, sic ut termini quos invenit et quos imposuit rebus cogitationis, essent formulae {7}quibus descripsit interiora, tum quod ex jucundo affectionis et {8}desiderio sciendi illa quae essent cogitationis, ad talia excitatus fuerit, et quod secutus oboedienter {9} quae dictaverat ejus spiritus; 彼の話しの意味から私は気づいた、彼はまったく他の性質であったこと、それらのスコラ哲学者と比べて、その者は最初に出てきた、すなわち、彼は自分の思考からそれらを考え出した(孵化した)、それらを書いた、またここから自分の哲学を生みだした、そのように(それで)、術語(専門語)は、それを考え出す、またそれで思考の事柄を据えた、きまり文句であった、それらで内的なものを述べた、なおまた情愛の快さから、またそれらを知る願い〔から〕、それらは思考のものであった、それらのもの〔術語(専門語)〕に向けてかきたてられた、また従順に従った☆こと、それらは彼の霊が命じた。


secutus(分詞)の辞書形はsequor「従う」です。


quapropter is ad dextram aurem {10}se applicuit; そのために、彼は右の耳に自分自身を接触させた(寄り添った)


aliter quam asseclae ejus qui scholastici vocantur, qui non ex cogitatione ad terminos sed a terminis ad cogitationes eunt, ita via contraria; 彼の信奉者(追随者)に比べて異なって、その者はスコラ哲学者と呼ばれる、その者は思考から術語(専門語)に向けてでなく、しかし術語(専門語)から思考へ向けて進む、このように反対の道を〔進む〕


et plures illorum ne quidem ad cogitationes, sed solum haerent in terminis, quos si applicant, est ad confirmandum quicquid volunt, et ad imponendum in falsis speciem veri secundum cupidinem persuadendi; また彼らの多くの者は決して思考に向けて〔進ま〕ない、しかし、術語(専門語)の中だけにしがみつく、もしそれらを適用するなら、どんなものでも欲する〔ものを〕確信(証明)するためである、また真理の外見を虚偽の中に置くため〔である〕説得しようとする欲望にしたがって。


inde illis philosophica sunt media insaniendi potius quam sapiendi, et inde illis tenebrae loco lucis. ここから、彼らに哲学は狂うようにできる手段である、賢明になるよりも、またここから彼らに光の代わりに暗やみ〔がある〕。


@3 sed 注3 sedatに換えた


@4 applicuit 注4 applicuitapplicabatに換えた


@5 loquutus 注5 loquutusloquebaturに換えた


@6 EU has ascenderunt 注6 『宇宙間の諸地球』にascenderuntとある


@7 EU i vocum 注7 『宇宙間の諸地球』〔によれば〕vocumを補うとよい


@8 delectatione 注8 delectationedesiderioに換えた


@9 i illa 注9 illaを補うとよい


@10 supplied from EU 38 注10『宇宙間の諸地球』38から補った

原典講読『最大の人とその対応』 135[2] (訳文)

 

(3) 訳文


[2] その、頭の上方で二人の者がお互いの間で話し、まただれであったか尋ねられるとき、彼らの一人は学問の世界で最も有名な者であった、と言われた、また私に、アリストテレスであった、と信じることが与えられた。もう一人がだれであったか、言われなかったその時、彼きていたときにいた状態れられたというのは、世自分のいのち(生活)状態ったどんなものでも、自分のすべてのいのち(生活)状態付属物としてつので、容易れられることができるからしかし、驚くべきことに、自分自身接触させまたそこでしゃがれしかしそれでも正気(理性的)した。彼しの意味から、最初てきたスコラ哲学者べてはまったく性質であったことにづいたすなわち、彼自分思考からそれら〔術語〕をそれらでまたここから自分哲学みだした。それで、思考事柄えた術語、内的なものをべるきまり文句でありなおまた情愛また思考のものをいからそれらの術語けてかきたてられまたじたことに従順ったのであったそのために、彼自分自身接触させた


 思考から術語けてでなくしかし術語から思考けてこのように反対スコラ哲学者ばれる追随者べてなっていたまたらのくのして思考けてず、しかし、術語だけにしがみつきもしそれらを適用するならどんなものでもするものを証明するためでありまた説得しようとする欲望にしたがって虚偽真理外見くためであるここから、彼らに哲学賢明になるよりもうようにできる手段でありまたここかららにわりにやみがある